昨日の『歴史秘話ヒストリア』、タイトルは「1300年 奇跡のリレー 国宝 聖林寺十一面観音」でした。
私の大好きな7体の国宝·十一面観音像。
特に、聖林寺の十一面観音さまは、その後の時代の十一面観音像に比べて“ちょっと男性的で”威厳に満ちた面差しがいいですよね!
引き締まったウエストと外に張った肩から肘にかけてのラインもからも、“観音さまの理想のプロポーション”を感じますよね!
番組中でも言われていましたが、少し前方に傾いた姿勢から、人々を救うため“今にも動き出そうな気配”が感じられます。
私は、水瓶を持つ左手の感じが好きで、「この柔らかな気配はどんな技?」と・・。
今回のタイトルにもありましたが、渡岸寺観音堂の十一面観音像と同じく、「庶民が守り伝えた」という物語があれば、なおも“観音さまの理想”像が思われます。
でもね──。
①「(奈良時代)1300年」に違和感!
興福寺の阿修羅像や東大寺法華堂の不空羂索観音立像などの脱活乾漆造りの仏像は、奈良時代前半から中期のもので「1300年前」と言ってもいいと思います。しかし、この木心乾漆造の像は奈良時代後半のもの。むちゃくちゃ平安時代に近い奈良時代・・。
一緒にするにはねえ!
「1250年」と言って欲しかったです。
②「人々が守り伝えた」に違和感!
奈良時代の仏教は、あくまでも国家のもの。庶民にどれだけ関係があったか疑問です。“超高価”な漆や金をふんだんに使えるなんて、権力の側の特権──その金があったら食べ物を配れよ❮確かに、困窮する庶民に租税の免除や食料の配布をした奈良時代の政府だけど・・❯
それよりも──。
個人的な感想ですが、「庶民が守った」にスポットを当てすぎじゃないですか。神仏分離令、廃仏毀釈の嵐から、この十一面観音さまを聖林寺に避難させたのは、事実だけど・・。
権力(明治政府)に忖度して、廃仏毀釈に積極的に協力した大神神社の神宮寺(大御輪寺)の僧や神職がいたからでしょ!
別に当時は、この寺(神社)だけじゃなかったとは思いますが、彼らが「この貴重な像」を“ゴミにしよう”としなければ、何の問題も無かったはず、ノープロブレムですよ!
③フェノロサを持ち上げ過ぎ!
フェノロサが、この奈良時代の傑作を絶賛し、保護のためのお厨子を寄進したのは間違いなく、素晴らしいことだったのは、否定しません。
でも、「フェノロサは、日本美術を愛し、守ろうとした聖人」と百パーセント顕彰するのは・・。
このブログで「フェノロサの墓」のことを書いたおっさんとして、矛盾することを言うようだけど、「破格の条件でこの国で働いたお抱え外国人の一人」だけですよ!
彼が、絵画を中心に多数の“文化財(!?)”を持ち出したんでしょ!──帰国してから得た地位と財産のことを考えると、聖人君主のように扱うのには、ちょっと違和感があるんですよ!──ちょっとね・・。
大本営NHKに、ぶつぶつ文句をたれながら、番組を楽しんだ“変なおっさん”でした。