皆さま、こんにちは。
このGWは、「雨がよく降ったような~少し肌寒い日が多かったような~」気がします・・(??)。
私は、昨日(5日)まで仕事だったので、その感覚(↑)はあんまり当てになりませんけど・・(たぶん)。
「緊急事態宣言」が出されてから早くも10日余り──。
どうやら期限が延長されるみたいですね──はじめから分かっていたことですが──。「自粛生活」は、まだまだ続きそうです。
私は──。
今日(6日)は、久々の休日でした。
気分転換に、ちょっと違う場所(京都駅周辺)に買い物に行ってみたのですが、百貨店も映画館も、イオンモールもほとんど閉まっていて、改めて事態の深刻さを感じた次第です。
天気が良かったので、途中、梅小路公園に寄り道しました。そしたら何と、鉄道博物館も水族館も朱雀の庭も“お休み”で、やっぱり大変なことになっているなあと、、。
もう、行く所がないですよね!
私とおんなじで、散歩している人は多かったですけど・・。
でも、5月。初夏です!
モミジの翼果が赤く色付いているのを見つけました。
しかも、いっぱい!
紅葉を楽しむのはまだまだ先ですけど、この‘赤’はこの先の希望を感じることができて、なお“いい感じ”ですね。
熟したら、新しい命をもって、空へ飛び立つ準備中なのです。
その他にも──。
オマケに季節のお便りを・・。
Hontoの「ほしい本」に追加してから、なかなか買うことができてなかった1冊です。
『「暮らし」のファシズム~戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた~』(大塚英志、筑摩選書)
1940年、第二次世界大戦への参画を睨む近衛文麿政権は、国民を戦争に動員するための「新生活体制」の確立を唱えた。生活を一新し、国民を内面から作り変える──。そのために用いられたのは、男性を戦場に駆り立てる勇ましい言葉ばかりではなかった。「ていねいなくらし」「断捨離」「着こなし」「町内会」「二次創作」。これらは、元を正せば戦時下に女文字のプロパガンダがつくりだしたものである。現在私たちが享受する「当たり前の日常」の起源を問い、政治の生活への介入があからさまになった「with コロナ」の暮らしを見つめ直す。
[帯]に印刷されている、「序章より」の引用もそのまま写します(↓)。
戦時体制は、「生活」や「日常」の顔をして語られる。今の感覚からすると、戦時用語、プロパガンダ用語に思えないものが、実は「戦時下のことば」であったことが、これまで挙げた例以外にもいくらでもある。婦人雑誌の記事がそうであったように、語り手や形式も同じだ。
その時、コロナ禍を境とする新旧の区別なく、私たちが「生活」「日常」と信じるものの出自がこの時期の「新生活体制」の中でつくられたことに改めて気づくはずである。
文部科学大臣を務めた自民党の‘某’重鎮のオッサンが、「今回のコロナを、ピンチをチャンスとして捉えるべきだ」と語り、改憲にふれたことに怒りを覚え・・。
川原でバーベキューをしている人たちを執拗に追いかけて、映像と音声を流す‘某’ワイドショーに、「悪いことかも知れんけど、責めなアカンほど違法なことなの?」と疑問を感じ・・。
「夜は灯りを消せ」だの、「電車を減らせ」だの、「家に居ろ」だの、「店を閉めろ」だの、、。
自分たちの無策を他所に、TV画面でよく見る東西の知事(等)が、私たちの日常に介入してきますが・・。
ワクチンを早く何とかしてくれ!
休んで家に居ても大丈夫なようにしてくれ!!
──と言いたい、今日この頃です。
今回の「コロナ禍」を、とんでもないことに利用されそうですよね!
今のこの国のトップ(等)を見ていると・・。
なので、これから、この本を読み進めていきます。
300ページを超す分量があり、当面は時間が潰せそうです。
そうして、世の中の流れを注視できるよう、頭の中を整えたいです。
それにしても──。
図書館も、予約本の引き取りなど一部の業務のみで、閲覧不可のようです。なので、なかなか新しい本を見つけるの難しい「日常」です。
本屋さんも、営業時間が短くなっていて、なかなか足を運びにくいのですが・・。
次の本のことも考えつつ、、。
皆さま、まだまだ不便な生活が続きますが、くれぐれもご自愛を!






