中島みゆきさんのことを書こうとしていて、タイトルでいきなり詰んだ。

中島・・・まではすんなりと出たのに名前がなかなか出てこない。

ゆきえ?ゆかり?さちこ?みちこ?キャサリン?違うな、何らか関係した名前しか出てこんな、悟・・・男やないか明らかに違うやろが、何で出てくるんや?

昔自動車電話っちゅうもんが普及しだしたときにうちのラジオに中嶋悟のプライベートな会話が入ってきたんや(盗聴やろが)、鈴鹿からの帰り道に私のアパートは有ったからな。

息子のことを心配する夫婦の会話が放送(盗聴やっちゅうねん)されとって、屈強な有名レーサーも人の親なんやなと、ずっと親近感持っていたんや。

やれ困った、このまま健作君を呼ぶと自信喪失するけど出てこないものはしかたない、降参。

ビッグネームは最初に出てきた。

そうや、そうや、みゆきだったなと、ぶつぶつ言って、

本人がいたら薄気味悪くなるような自嘲の笑みを浮かべて書いている。

 私にまだ心配事が一つしか無かったころ、その心配事を掘り起こすために、終電までのわずかな時間に入る店を探していてこの居酒屋「1000酔漢」に初めて入った。

名古屋栄の一等地にあるこの店は周囲をビルに囲まれてしまっても意固地に居酒屋を続けていた。

「センスイカン」と言っても地下に有る訳ではなく3階建ての小さな店で1階が居酒屋、上は秘密の部屋(やがて知れる)になっている。

カウンターに止まると中島みゆきの歌が小さな音量で流れていた。

中島さんの歌のイメージとして私は”暗くて芯がある”感を持っていたが、店は第一印象こそ暗かったが愛想も良く居心地も良く、大皿に盛られた田舎風のつまみで地酒をいただいたのだ。

それから私は定年を迎えるまでこの店に入り浸った。

それは時々遭遇する、カウンターで背筋をピンと伸ばして一人静かに地酒を飲んでいる妙齢のご婦人に惹かれていたこともあったが、単に地下鉄駅への途中にあってタクシーを捕まえるのにも格好の場所であったからだ。終電に間に合う1分前まで此処で飲むことが日課になった。

秘密になっていた上階について知ることになるのは、私より送れて来ることになっている同僚が店のリフトを直してやったことによる。

私がエレベーター屋だと知ってか知らずか店主は厨房に備わったリフトが壊れたままなんだと言い、それを聞いてしまった私は後からやってきた同僚と一緒に上階のリフトの機械室に上がっていった、ヒューズが飛んでいると解ると、同僚はYシャツの胸ポケットから新しいヒューズを出して替えてやった、何故同僚の胸ポケにヒューズが有ったのかは謎のまま?だ。

それは私が直したというふうに店側は捉えたが、実は私は酔っていたので手を出していない、そしてもちろん同僚が直したんだと正直に伝えなかった。

したがってその後その件で恩恵を受けることになった私の隣で同僚が小声で「私が直したんだよね?」と不満げに言うのを聞くことになった。

そのときに上階で猫の大群を見た。

何故、あの猫たちは下に降りてこないんだと尋ねると、以前店から出て行った猫が歩行者に投げ殺されたらしく、それ以降他の猫は下には降りてこなくなったそうである。時折階段の途中から店内を見降ろしている個体も居たが私以外には警戒心を解かなかった。

この店に来る客は付近の会社内で”気の毒組”に分類されている人達で、酒のつまみも今日の綱渡り論と明日の運任せ論に限られていた。

そういう仕事上の心配事に常に支配されているのがこの店で飲んでいる客の共通性であった。

やがて私は流されている音楽が、中島みゆきの歌だけ、であることに気付く。

それはなぜなんだろう?

もちろん尋ねるような無粋なことはしなかったが、

その店で行われる終業後の仕上げ業務は中島みゆきの歌以外では成り立たず有り得ないように思えた。

ここで突然、中嶋悟が「ファイト!」を歌っている情景が目に浮かんできて、少々怖くなった。

やがて私の心配事は仕事以外のエリアにも侵入することになってしまい、

その心情にも中島みゆきの歌は更によく合っていたのを覚えている。

あれから何年経ったんかいな・・・9年か。

もう一度出かけていきたい店だが、健在だろうか?中嶋悟も(居らんっちゅうの)。

アレッ、酒やめたんやったかいな、ハハハ。