あなたはまだなんともないときだったよね。

「さあ出かけるわよ」と言って僕を引っ張っていったんだ。

どこへ行くのさ?そう聞く僕に「岡崎よ、決まってるじゃないの」

僕はそのとき初めてジャズフェスというのを知ったんだ。

あなたは僕を引っ張りながら岡崎の街中を歩き回ったじゃないか。

街中にジャズが流れていて賑やかだったよね。

 僕たちがまだ結婚する前、あの渓流に有った飛び石をあなたは飛べなかったよね。

僕はあなたの運動能力に呆れて、この先僕が支えてやらないとあなたは生きていけないと思ったんだよ。

それがどうだ、僕は岡崎の町中を引っ張り回されて疲れ果ててしまったよ。

まるであなたは疲れを知らない子供のようだったじゃないか。

そのとき出会った見知らぬ女の人があなたに「あまり無理はなさらぬようにね」

そう優しそうな声で言ったんだよ。

あなたはキョトンとしていたよ。

覚えていないだろうね。

二人とも将来に何も不安のないときだったからね。

僕は何故か覚えているんだよ。

あの人・・・なのかもしれない。

すべてを知っていたんだ。

未来が見えてしまう人がいるそうだからね。

 その人がやってきたんだよ。

僕の意識がまだはっきりしてないときに。

あのときの優しそうな声のままだったよ。

僕はドアを開けてその人の顔を見たんだ。

少女のような顔立ちのその人は、

くりっとした大きな目で微笑んでいた。

いやちょっと待ってくれよ、

あなたじゃないか、あなただろう?

「さあ出かけるわよ」

どこへ行くのさ?

「渓流よ、決まってるじゃないの」

やはりあなたじゃないか。

あのとき・・・

飛び石を飛べなかったあなたには、すべてが見えていたんだね。