この村は山に挟まれた川の両岸に集落が点在している典型的山村である。

その川は昔とても綺麗だった。

今でも水質は誇れるレベルを維持しているそうだが、ダム湖となってしまった下流部は綺麗だとは思えない。

私はダム湖となってしまった下流部に暮らしているので、綺麗な流れの残る上流部のように川の恵みにあずかることはない。

夏になると上流部にはアユ釣りをする人がたくさんやってくる。

この川のアユは厳密には天然アユではない、ダムの堰堤がアユの遡上を妨げるため漁協が稚魚を放流して釣り人や職漁師に答えている偽装天然アユだ。

昔は大きな天然アユがたくさん穫れて釣り人に喜ばれていたそうだが私はそんな時代を知らない。

私より年配の人達は昔を懐かしんでアユ釣りを趣味にしている人が多い、「アユ釣りほど面白いことは無い」と言って夏中毎日川に入っているキ印の人も居る。

アユ釣りというのは友釣りと言って引っ掛け釣りの一種であるがその方法が大変面白い。

アユの習性を上手く利用している。

アユは縄張りを持っていて自分の縄張りに入ってきた他のアユに攻撃を仕掛けるそうだ。

オトリのアユに引っかけバリを仕込んで放してやると攻撃してきたアユが引っかかって釣れてくる。

エサは要らない、オトリが弱ってきたら釣れた鮎に交換してやればよい。

簡単だなあと思ったらそうでもないらしく、釣果は買ったオトリアユ1匹だけというのが初心者の常らしい。

ともかくやってみると大変面白くはまり込んでしまうそうだが、長い専用竿など大変高価でおいそれとははまり込めない。

秋口になるとアユは産卵のために河口に下ろうとする、子持ちアユと言って普通のアユとはまた風味が異なるそうだ、この川のアユは堰堤に邪魔をされ河口に下れないので村人の胃袋に下っていく。

アユは塩焼きが最も美味いと私は思っている。

香魚と言われるアユ本来の味は甘露煮では味わえない。

岩魚や山女のように清楚な妖精ではない世情に揉まれた豊かな味がする。