いろいろ不味い場面は経験してきたがあのときは「終わったな」と思った。
まさか何事も無かった様な顔が出来るとは思わなかった。
一晩で数百万円の仕事なんだけどそれは業界には良くあることで、金額に興味は無くて時間の方に興味が有った。
大きなショッピングモールで事(ごと)は行われた。
昇降機は営業中に停めると売り上げに影響するらしく営業時間外で事を行うことが多い。
夜の間の10時間くらいで全てが終了するように無理な行程で事は行なわれる。
私たち電気屋さんは制御装置が壊れる事を良く「燃えちゃった」と言う。
これは本当にボーボー燃えるわけではなくプリント基板の素子がプチッと焼け切れたような、蚊が刺したくらいの事でも慣例として「燃えちゃった」と言う。
あのときは本当に燃えちゃった、いや、爆発しちゃったのだ。
メインブレーカーを入れた瞬間、装置がバンッと火を吹いた。
電線が燃えると独特の強烈な臭いと白煙が発生する。
目がチカチカ鼻がヒリヒリする。
よって直ぐには原因調査が出来ずしばらく退避することになる。
それでも時間は過ぎていく。
焼けて溶けた配線を一本一本追って調べていく。
いろいろと憶測が飛び交ったり天を仰いだりする。
その間も時間は几帳面に過ぎていく。
優秀な人は居るものだ。
原因が分かった。
製作工場のミスだ、工場試験は成されていなかった。
此方に落ち度は無いから少々気が楽じゃないかと満足しちゃったらチト困る。
私の立場は工場の責任をも負っている。
本当に夜が明けてしまうじゃないか。
数百万がフイになるかならぬかは運が支配しているように思えた。
大きく改造しちゃってるから昇降機は元に戻せない。
昇降機が停まったままだと売り上げに響くらしいじゃないか。
ここぞと損害賠償請求されたらたまったもんじゃ無い。
こりゃ困った、困った、困ったなあ。
困ってる間も地球は回る。
救世主は居るものだ。
奇跡は経験に裏打ちされた技量を基に起こされる。
夜明け前に数百マンをポッケに入れて何事も無かったような顔で引き揚げてきた。
あのショッピングモールの昇降機には乗らないようにしているけどね。