GT100の想い出。

独身の頃の私は街を歩き回るのが仕事だった。

顧客を次から次へと回っては「点検で~す」と言って声をかけていく。

順次声かけをしていって1時間ほど経った最後の客の後、最初の客に戻って「点検は終了しました」と報告する。

そのようにすべての客に公平に1時間の点検契約を履行していくと1日分の仕事が何故か2時間で片付いてしまう。

私は確信を持って独特の時空間で業務の遂行をした。

GPSも携帯も無い頃だ。

私の抱える問題は余った時間をどうやってやり過ごすかにあった。

喫茶店・美味しい飯店へ向かう小旅行・立読み・映画館などで夕刻までの時間を消費させ疲れて?会社に戻る。

ある日の時間つぶし中に自転車屋の軒先でスズキGT100というバイクを見つけて何故か惹かれた。

スズキのロードスポーツ車GTシリーズの一番小さいやつだ。

地味なスタイルはビジネスバイクと見紛うようで、黒く塗って黒い金属BOXを付けたら銀行の駐輪場が似合いそうなバイクだった。

店主にタイヤを新品にしてもらってその中古バイクを買い、以降それが私の時間つぶしの相棒になった。

郊外の店に蕎麦でも食いに走ったときのこと、素晴らしく長い直線道路が表れた。

私は「一度GT100の潜在能力を知りたいものだ」とスロットルを全開にした。

2ストローク空冷単気筒100CCの小さなエンジンは悲鳴をあげバイクは増速していく、私は上体を前屈させて風圧を和らげ最高速度を更に上乗せした。

その時、

前方に飛び出してくる制服を視認した。

私は笑いが込み上げてきてしようが無かった。

最高速を試していた稀なるタイミングで捕まってしまったのだから笑う他無かった。

眼鏡を外して空を見上げたとき、空からハトのフンが落ちてきて目に当たったような稀なる不運だ。

GT100の最高速は当局の計測器で正確に計られ公認記録として証明書も発行された。

 2015年末妻が告白した「線条体黒質変性症」という病名は2016年の始めに「多系統萎縮症MSA-P」(指定難病17)と名称を変えて妻のカルテに記載された。

この稀なる病気には笑いの要素は全く無かった。