次なるドキュメント
2014年12月
妻は体の動きが鈍くなり構音障害が進んできたために近くの病院でリハビリを開始した。
言語聴覚士(ST)、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、皆んな若い人たちである、
週2回の徒歩通院はそれだけでもリハビリになり、又、若い療法士達と接することは妻の楽しみでもあるようだ。
同時期に自宅から徒歩10分の所に接骨院経営のスポーツジムがオープン入会し週2回通っている。
しかし右足の引きずりでウォーキングマシンは上手く歩けなかったようだ。
私は妻がパーキンソン病であること認知せざるを得なくなったが、後の真の病名までは未だ予感できなかった。
この頃から同年輩のT氏と、定時に仕事を仕舞っては飲み歩くことが多くなった。
お互い、仕事は有るのだが「大丈夫、地球は割れないよ」と保留してPCシャットダウン。
私の割れ始めた心を調教するにはアルコールに頼らざるを得なかった。
春に久し振りにT氏にメールしたが返信無かったのでどうかしたのか?と心配したが元気らしい、私が断酒した事実は知らないだろう。