タイトルに食いつきました?
この季節、症の人は辛いのでしょうねお察しいたします。クシュン。
日本で最初にこの症が発見されたのは1960年頃だそうです。
日本では近代症なのです。
流行し始めたのが1980年頃から・・爆発的に。
そのころのテレビ報道を覚えています。
「花粉が都会のアスファルトやコンクリートでは土に返って行けなくて、干乾びて何度も舞い上がっては凶暴化?する」
戦後、住宅需要に備え杉や檜の植林振興が国策として奨励され、
紅葉美しき自然林を年中緑一色の人工林に変貌させてしまったのです。
その苗木が成木になった頃と、土建国家の繁栄期の双方とに符合する症のヒット時期です。
症が人にとっての災難だとすれば、実は人災に近い種類なのです。
人には花粉容量というものが有り、オーバーフローするともう戻れない花粉症キャリアだと。
原発安全神話の如く広く流布されたまゆつば理論が人を警戒させ耳鼻科とドラッグストアーが賑わう。
風に揺れるスギ林から黄色いスギ花粉がたなびく様を見ていた子供の頃、
スギ山に登り、未だ弾け飛ぶ前のしっとりしたスギ花粉の小粒な爆弾を、
細竹で作った空気銃に詰めて戦争ごっこをして遊んだものです。
ピチッツとかわいい音を発して友の顔を撃ち、友の撃った弾を目や口で受け止めて。楽しかったな。
凶悪な花粉ではなかったよ、飯にふりかけて食べても良いような、そんな印象を持つのがスギ花粉です。
何時からなのでしょう、
自然の輪廻に加わらぬはみ出し者が何千万人もの皆様にご迷惑をかけていたのですね。
まさか日本産に紛れ込んだ大陸産ではないでしょね。
このあいだ、私もいよいよ容量超えの人並み域に達したかと安心?の体験、
夕刻より鼻水止まらず、アルコール療法で押さえるも直らず更には頭痛も・・・?
2日間喜んだりうっとうしかったりしたあげく、コロッツと直った。
唯の風邪だった。
憧れの花粉症グッズは買えなかったのグスン。