七夕ですね
毎年書かせていただいています


「優しい世界になりますように」

そう祈り続けてどれぐらいたっただろう
それでも祈り、願わずには居られない

とても「優しい世界」には近付けているとは思えないのは
私の主観のみかな


ちょっと曖昧だよね、優しい世界って

理想論でしかないのだけれど

誰かが笑っている時、
誰かが泣いている

そんな世界にしたいわけじゃない
できれば皆笑えれば良い

それが難しいことはよくわかるけれど


出来ればあまり泣いてほしくはないけれど
泣いてスッキリすることもあるだろうし
泣いて、前に進めることもある

人は泣いた分だけ強くもなれるし、優しくもなれる
受け止め方だよね
心の持ちようってやつ

ただ理不尽な涙は流してほしくない


何かを成し遂げると言う事は、何かを犠牲にする事

自分の望みが叶ったなら、
きっとどこかで誰かが犠牲になっているという事

誰かの望みを手折り、自分を貫くとはそういう事


現実的にはこちらなのだとわかっていても甘っちょろい理想論を掲げずには居られない
酷く偽善的な自分に吐き気さえするけれど理想を掲げるのは止めない



願い続ければ夢は叶うなんて言えない
願うだけではなにもかわらないと知っていますから

願うことに対しての努力を惜しまなくてもやはり夢は夢でしかない

そういうことを受け入れることが大人なのだとすれば
私はずっと子どもでいたいな
それこそ叶わぬ夢ですが

たくさんの願い、祈り
星空へとどきますように