ADHDだけど、なんとか生きてます

ADHDだけど、なんとか生きてます

40歳手前にして、ADHDと診断されました。
とりあえず、記録代わりにブログを始めることにしてみました。

Amebaでブログを始めよう!
ここで言うIQ100の定型発達とは、
ごくごく『平均』を表すシンボルのようなもの、とご理解ください。
『平均』がどのくらいいるのか、
という議論はここでは省略します。

他方、IQ120超えのADHD、とは私のことです。

ADHD一つとっても、それぞれ『困り感』は違いますから、
一概には言えないのですが、
この2つ、仮に比較したらどっちのほうが幸せなんだろう、と思うのです。

今の日本では、圧倒的に平均的な定型発達さんでしょう。

だけど、私自身、今思うと2次障害のうつでずいぶんと苦しんできたけど、
大学は決してF欄ではない、一応有名な大学をほぼ無勉で合格し(ただし第一志望の国立には落ちた。その勉強で滑り止めの私立に滑り込めた)
奨学金までもらい、奨学金で留学させてもらい(ここで躓きましたが)、一応大学院まで行くも、
研究というものどうも肌に合わず(本当にこれでいいのか疑い続けちゃうのと、調べものがどんどん楽しくなって、本題から外れていっちゃうこと、最後の最後でどうでも良くなってしまうことがやめられず)結局研究をあきらめ、
その後会社員になるも会社組織に馴染めず(周りの人から視覚、聴覚的に集中力をそがれ、緊張を強いられて完璧にダウン)、
今の仕事に一応ついては見たけれど。

本来知的作業も仕事のうちなのに、
知的な人は少なく、
飲み会が多いので飲み会に馴染めない私は完全に浮いており、
私のことを都合のいいいじめ対象、サンドバッグにしか思ってないのでは?という人もいて。


仕事自体は大好きなんだけど、
周りとの兼ね合い、
そして大学を離れてテーマが異なるものを扱っていること、
仕事についてまともに話ができる相手がいないこと(基礎知識が違いすぎて、という人も含め)、
こういった点がとにかく苦しい。
知的作業は楽しいのに、どう活かしていけばいいものか。
自分の生き方が無駄にしか感じられない…
誰かアドバイスしてくれる人はいないものなのだろうか…

更に悪いことに、変にそこそこIQが高いと知ってしまってから、
無駄なプライドが生まれてしまったようにも思える。

そこまで深く考えなくても平均的な頭で、
平均として求められるしごとをこなして、
そこそこお馬鹿な飲み会も楽しくて、
そんな人生のほうがはるかに幸せなんだろうな、と思う。

全検IQだけじゃなく、個々のIQも全部平均以上なのに。
ばらつきがあるだけでここまで絶望を感じなきゃいけないものなのか。

お医者さんに、私は何が得意で何が苦手で、
どうすればいいのか、突きつけちゃっていいものなのかな。
過集中に気を付ける、休みをしっかり取る、
ここだけは医者も私も完全に同意してるんだけどね。

自分の長所を伸ばしていきたいんだ…
心から、そう思ってる。
クソな部分もあるけど、すげぇ所もあるじゃん、
そう言われる人になりたいよ…
今ですら褒めてくれる人はいるんだ。
もっともっと伸ばしていきたい。

ADHDなりに、幸せな人間になりたいんだよ。

なんとなく得意分野は『インプット』
仕事に関する知識は今の同僚の誰より希求していると思う。
しかし、アウトプットしていかないと、
成果にならないんだ。
どうしていけばいいんだろう。

私が幸せになるためには、ここのところを何とかすることだと思う。

眠剤のんでたらたら書きなぐってみたけど、
ひょっとしたら、ちょっとだけ、ヒントになったかも…

たまに図書館でADHD関係の本を借りて読んでいるので、

そんなにうまくまとめられるわけではないと思いますが、

簡単なレビューをかければと思います。

 

レビューとしては第一弾。

 

誰もが知りたいADHDの疑問に答える本

ステファン・P・ヒンショー、キャサリン・エリソン 著

石坂好樹、林建郎 訳

星和書店

 

 

まず言い訳をすると、私は専門家ではなく、

ただのADHD脳を持つ人間です。

 

そして、この本は、どちらかというと、

当事者よりも、家族にADHDがいる人、専門家を目指す学生、など、

ADHDを知る必要のある人のために書かれている本です。

そして、教育や医療の状況など、

主にアメリカの状況について書かれています。

 

ADHDの「対処法」ではなく、

ADHDについて「知りたい」人が読むといい本ですね。

対処法についてはほとんどお役に立てません。

とほほ。

 

ただ、いくつか気になる点があったので、紹介します。

 

大衆への義務教育が始まったことで、一日の殆どを教室で座り続け、行儀よくふるまい、自己制限を維持しなくてはならなくなり、他よりも不注意で落ち着きのない子どもが目立つようになった

休憩、昼食、体育、美術や音楽の授業が減少している(注:アメリカの場合ですが)ことで、生徒が椅子を離れ、動き回り、脳の元気を取り戻す時間が減っている

ADHDをもつ人が良い結果をもたらすには、若者の生活で支援してくれる大人(そして仲間)の存在、将来の生産的仕事へ転嫁しうる少なくとも1つのスキルの取得、そして有効であることが証明された治療の遵守が大事

定期的に行う激しい運動は、あらゆる人の脳に良い効果をもたらすし、特に、ADHDを持つ人の脳には有用。また、日常的に行う有酸素身体運動がADHDをもつ子どもや大人の日々の生活に大きな差をもたらしうることが示唆されている

もしサプリメントを摂るとしたら、鉄、亜鉛、オメガ-3脂肪酸。ただし、証拠はやや希薄

マインドフルネス瞑想法を実践したADHDをもつ青年と大人が、作業記憶と注意の転導能力に改善を示す研究がある。ただし決定的なものではない

ADHDの増加しつつある有病率は、学校の子どもの成功をますます一か八かの標準化されたテストの成績で評価する教育体系を見直し再構成すべきことを示唆している。

ADHDのあるなしにかかわらず、子どもは標準化されたテストの結果のみに焦点を当てる現在の方針を、才能と学習意欲を助成するより人間的で革新的な戦略に置き換え、個別の学習様式を受け入れてもらうために、もっと良い学校、もっと良い教師、そしてもっと良い教育政策を与えられる権利を有している。

暗記中心の宿題を少なくし、もっと陽性の強化刺激を与え、一日のうちでより多くの身体活動を組み入れ、課題を共同で行う、もっと椅子を離れて行う活動がADHDの子どもだけでなく、彼らのクラスメートにも最善の結果をもたらす

 
子どものことが中心に書かれていますが、
教育環境の変化については、この著者と同様の意見です。
 
あんまり大人のADHDに悩む人については参考にならないですが、
とりあえず皆さん、一緒に運動しましょう(笑
 
20代の頃のぽこは、
それこそ毎月ギリギリで生きていました。
同世代と比べて、
そんなにお給料が低い方ではなかったのですが。

予め貯金分を差っ引いて、
その中から生活をするということに気が回らず、
なんとなく使って、
なんとなく残っていたのを貯金に回すという生活。

しかし、定期的にうつになって医療費がかさむわ、
忘れた頃に市民税がくるわ、
貧乏旅行とはいえ思いつきで旅に出てしまうわ、
というわけで全くお金がたまりませんでした。
トホホ。

真面目にお金について考えだしたのは30代になり、
今の仕事についてから。
まず車の免許を取れ!ということで、
30万くらいを出したら残りがほとんどない。
これはまずい。
ということで意識を変えました。

まず、4つの積立投信を始めました。
(一つは20代後半から始めていましたが)
一万づつ、月四万。
アベノミクスのおかげで増えました(о´∀`о)

生命保険に入れない代わりに、
積立型の年金保険に2つ、
付き合いの意味も込めて入っています。
(おろせない貯金みたいなものと考えています)

さらに、車検、旅行、何かあったときの予備として月一万づつ、積立。
ここまでで10万。

残りから月に一度だけ銀行に行き、
食費、小遣い、交際費、交通費(ガソリン代含む)など、をおろします。
ちなみに気分的に全部ピン札にします。
各費目ごとに月の上限を決めておき、
封筒に分け、その金額内で生きる。

コレをやると、細かい家計簿を付けなくても
使ったお金はだいたい把握できるし、
使いすぎることはないし、
月末にあまりが出れば、
多少の衝動買いも罪悪感がないし、
というわけで、いいことづくめです。
月末の衝動買いのために、
多少の我慢もします(笑)

まあ、よくある方法ですけどね。

ちなみにカードは固定費の支払いのみ利用、
旅行など特別な時以外は持ち歩きません。


友人に、カードだと全部記録されるから楽、
ポイントも貯まるし!そう言われたのですが、
ぽこには向きませんでした…

やはりお金が目に見えていないと、
どのくらい使ったのかが想像できないし、
衝動買いの危険がありますしね。

はじめに10万を別にすると結構カツカツになるのですが、
このカツカツ感が余計な買い物を我慢する
いいストッパーになっているみたいです。

毎月のルーティンにするまで、
多少金額が定まらなかったり、
銀行に行く手間を考えてしまうのですが、
一度軌道に乗るとすごく楽です。

衝動性が大敵のADHDには、
結構いい方法だと思うのですが、
いかがでしょうね?

今更、でしょうかね…