お久しぶりです。


今さらEchoes。


今頃Echoes😅







実は、ずっと

「Echoesと七北田公園」のことを書こうとしていて、なかなかまとめられず、、でした。


まず、

自分の中で確固とした「命の答え」が見つからなくて…



でも、「早くしないと、もう次のツアーが始まってしまうよ~」となんとかまとめて投稿しようかなと思っていたら、、

羽生くんから「メンテナンス」のお知らせが〜びっくり


ということは、とりあえず新しいアイスストーリーは「今シーズンはない」ということですよね。


プロになってからの濃い密度の毎日に「ついていけない…」と思うことも多く。でも、羽生くんがどんどん発信してくれる今しかないこの奇跡のような時を、しっかり受け止めなければとも思う日々でした。




だから、せっかく羽生くんがくれたこの機会。

今までの雑誌をゆっくり読み返したり、数々の演技をじっくり見直したり、しまっている写真集も開いて堪能しようと思います。





それでは


せっかく書いたので

最新記事をどうぞ🩷(期待を持たせるほどの内容ではありません。ムダに長いし😅)

















七北田公園のこと




Echoesを見てからというもの、

ベンチがある七北田公園はEchoesの公園にしか思えなくなってきて。








でも…

画像をモノクロにすると、


東京上野の不忍池の風景も






遠く泉ケ岳が、見える風景も




みんなEchoesの世界に見えて来るのですよね爆笑






普通の色つき画像でも


ベンチさえあれば…











なんだかNovaくんの気配を感じるのです…




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先日、七北田公園「わんぱく大地」のところを歩いていたときに、本当に久しぶりにこの遊具を見ました。




黄色の車



バネがついて自分で揺らすスプリング遊具。

懐かしいな…
今は、ここにこれしかないけれど、以前はもう1台並んであったと思うのだけど…
確か…飛行機だったような。
遠い記憶…



震災後に、フィンランドからキートス広場に遊具が贈られるまで、この七北田公園には幼児向けの遊具はあまりなかったと思います。

ここで自転車の練習をしていた小さなゆづるくんが、
さらにもう少し小さい時には、もしかしたらこの遊具に乗って揺らして喜んで遊んだのではないかなあ。

思いっきりブンブン上下に揺り動かして。
目に浮かぶ(笑)






























誰かの声

草花の匂い

木々の葉っぱのさざめき

抜ける風

空の青

流れる雲

星の瞬き

羽生くんにとっての七北田公園は、
どんな音が響いているのでしょうか。
















🌳 ゆづ桜のこと🌸


羽生結弦選手の平昌2連覇を記念して2018年6月に七北田公園に植樹された桜。








贈ってくれたのはUAゼンセン宮城県支部さん。UAゼンセンとは「全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟の略称で、多種多様な産業の労働者が加盟する産業別労働組合」だそうです。
この華奢な桜の木がその後あっという間にたくさんの注目を浴び、世界中からその成長を心配され、日本全国また海外からまでこの仙台に足を運んでくれる人々がいるようになる…

そんな未来があるなんて、この時の郡市長も、贈ってくれたゼンセンさんも、何より当時「オオシマザクラ」だったはずのこの桜の木自身も、予想していなかったのではないかなと思います。





植樹翌年は満開に花咲いたものの、次第に木の状態が悪くなり花も葉もつきが悪く幹割れもおこして、伐採の危機に瀕するほどになりました。
(後で樹木医さんから植樹場所の影響が指摘されました。)

さすがに心配する声があがり、私自身も直接事務所に行って聞いたりもしました。もちろん管理している職員さん達自身が、当時一番、この桜のことを心配し考え動いていてくれていたことは後で知ることになりましたが…。

当時の館長さんのブログによると、移植は簡単なことではなく、市民やファンからの声が後押しの力となったそうです。そして、さらに公園職員さん達の熱意があったからこその今だと思います。

2022年北京オリンピックが終わった後の3月、無事に陽の当たる場所へ移植完了。
この移植がきっかけでマスコミにも取り上げられるようになり、ゆづ桜はそれまでより各段に有名になりました。

そこでこの桜の種類は何か?という疑問がでてきました。

実は移植の前から私自身もその名前を探していました。2020年の話です。





とても可愛らしいこの桜の花。
どういう種類?
公園の職員さんに聞いてもわからないと言われたので、贈ってくれたゼンセンさんの方にもお聞きしました。

「ちょっとお待ちくださいね…」とガサゴソ探し、「ありました〜」と当時の書類をみつけたという雰囲気が電話の向こうから伝わってきました。
そして
「これは、オオシマザクラですね」と。


でも、どう見てもその姿はオオシマザクラとは違うわけで。後に当時の館長さんがその経緯をブログに、書いてくれていますが、結局「陽光桜」という種類の桜だったわけです。

その陽光桜という品種の桜が作られた経緯に「戦争で亡くなった教え子たちのために…」などのエピソードがあり、亡くなった方々への鎮魂と平和への祈りが込められていたのです。
羽生くんの記念樹によく合う、非常に心温まる桜の樹だったのですね。



しかし、
もともとこの桜は「オオシマザクラ」として公園に贈られたわけです。

いったいどこでどういうことでそれが「陽光桜」に変わってしまっていたのかはわからない話。

何かの偶然で、オオシマザクラの苗木の中にたまたまその陽光桜が混ざっていて、
たまたまそれが選ばれて、
七北田公園に運ばれて、
二連覇の記念樹として植樹された…。

そこは景観は良いけれど日当たり悪く桜には辛い場所で、瀕死の状態となり移植することでさらに注目されることになって…。


「偶然の連なりが運命」

だとすると

いろいろな偶然が連なっての今

これこそが、羽生結弦選手の二連覇を讃えるための「桜の運命」だったのかもしれませんね。



偶然の連なりと言えば、ゆづ桜が幹割れを起こして、木全体の状態も悪くなり「移植も無理かもしれない」となっていた2020年秋に、羽生選手自身もコロナ禍の一人練習で悶々と辛い時過ごしていたという偶然もまた心がチクリとするエピソードでした。























Echoesで
Novaが地面の花をみつめるシーン。

いろんな花が次々と変化していくのを
何か含んだような切ないような、慈しみのような、そんな表情をしてみつめています。

花は再生に向かう象徴なのでしょうか。







「花は咲く」は
東日本大震災の復興応援のために作られた歌です。
お空に昇って行ったたくさんの人々目線からの歌。

何度も繰り返される

花は
花は
花は咲く


亡くなった誰かを思うと空に花がひとつ咲くと聞いたことがあります。

現実の花は、花を咲かせることで授粉し次の命へと繋げる。
花が咲くことはやっぱり再生ということ。






♫「足許のその花でさえ生きることを迷いはしない」

「花になれ」のこの歌詞が大好きです。

散歩してても足許の小さな花に気づくと、このフレーズを思い出します。

花は、生きることを迷わない。
まっすぐ前だけを見ている。
生き続けることだけをしている。


命は、やめない限り続く。











仙台の秋保の慈眼寺の住職であり、高校時代からの羽生くんとの交流がある塩沼亮潤さん。

往復48kmの山道を1,000日間、1日も休まず歩き続ける「大峯千日回峰行」という荒行を成し遂げ、“大阿闍梨”の称号を得られた方です。
YouTubeで塩沼亮潤阿闍梨のインタビューや講演動画がたくさんでています。その中でYAMAPさんのインタビュー動画が強く印象に残っています。


毎日毎日、1,000日間、たった1人で山道をひたすら往復する過酷な修行。

山を歩いていて、あるとき空のお天道さんを見て、ふと足元を見たら花が咲いていた…

この時
「あ、ここに自分が生かされている」と思ったそうです。
自分が、「生きている」という感覚から「生かされている」と。

凄い遠くにあると思っていたものがこんな身近にあり、地球と太陽と自分が一体となって包みこまれているような感覚になり、この時、自分は地球と繋がっていると思い感謝の気持ちでいっぱいになったと。

大いなる自然。
宇宙と繋がる空に太陽。
その下に自分。
その足元に花。
そこは地球。地球と繋がって全てが一体となって包みこまれている。

足元の花がきっかけで感じられた感覚。























ゆづ桜の傷のこと


ゆづ桜の幹。

南側(池側)から見ると綺麗な桜の樹皮になっています。これを見ると、この子は桜の樹なんだと思い出させられます。




しかしその反対側は幹割れをおこし、キノコまで生えて大変な道を過ぎてきたことがわかります。







光と影。

ゆづ桜は日の当たる場所に移されてここまで大きく力強く枝を伸ばしているけれど、その身には大きな傷が未だに内包されていることは忘れてはならないと思います。


1月。
冬枯れの公園を歩くと、けっこう幹に傷がある木に出会います。新しくはない。
もう、古く昔の傷のような。

この傷を負った時、この木にはいったい何があったのか、と思いを馳せてしまいます。






こちらの木も深い傷。
これは、春になったらどうなるのだろう。





その身に傷をもちながら、懸命に生きている木はゆづ桜だけではないのですよね。










たくさんの生が交差する所




この春にもみじの花を見ました。
初めてです。




みんな葉の下に小さく咲いていて。





そして、
花が終わったころ、今度は葉の上側に可愛い赤いものが。




これはもみじの実。
だんだん実が膨らんで、いずれ下に落ちるけど、そのときにプロペラみたいな形だからくるくる回って、より遠くまで飛ぶそうです。







すごいな。生きるために。子孫を残すために。
再生ということだよね。





Echoesを見た時、あの公園が七北田公園みたいだなあと一番始めに思ってから、定期的に同じ場所から同じベンチを撮影していました。


先日、そのいつものベンチに、家族連れが座っていてそこの撮影ができませんでした。

とても幸せそうな家族。

Echoesの日記に書いてあるかもしれない日常のひとコマ。



公園にはそんなひとコマがたくさん。

ベンチで寛ぐ家族
遊具で遊ぶ子ども
ジョギングしている人
犬のお散歩
楽しげなカップル
近所の保育園の子どもたち
近所の高齢者施設のお年寄りの方々


それぞれみんな、
それぞれの人生がある。

日記に書かれてある何気ない日常が垣間見られる公園というところ。
誰かの人生のひとコマが交差するところ。


そしてそこは、

花が咲き、散り、実がなり、種が飛ばされ、地面から芽が出て、、という自然の身近な再生の場所でもあるのです。













この春。ゆづ桜の花が満開のときにスズメやヒヨドリなどたくさんの鳥がたえずやってきて花の蜜を吸っていましたが、花をがくごとついばんで下に落とすのが今までにないくらい多かったです。







落としたのはたぶんスズメ。調べるとスズメはくちばしが短いので蜜を吸うためには花を折らなければならないと。
花が茎ごとにこんなに落ちてしまったら、今年は桜の実もあまりならないのではないかと思っていたらやはりそうで、かなり少なかったです。

桜の可愛い赤い実を楽しみにしていた私は、何となくがっかりしていたら、植物に詳しい友だちが「実がならないぶん他に力が行けるよ」と教えてくれました。
なるほど。それで、今年は新葉の勢いがずっと続いていたのかも。

そういうことを考えると、ゆづ桜はここに1人で立っているけれど、でも1人ではなく、この場所にいるほかの自然界のものたち、鳥や虫やたくさんの植物たちと共にいて、一緒に光を受け雨を吸い、風に揺れながら、互いに影響し合って、この七北田公園という世界の中に生きているのだということがわかります。















それは私達の世界も同じで、1人で生きてるようでも1人ではなくて、みんな何かどこか、繋がって影響しあって生きている。



誰かの動きが誰かの動きを生んだり響き合い影響し合っている。


(((Echoes)))






ツイッターで見かけた若い女性の話

亡くなったおばあちゃんから以前にもらっていたメールが、その方のスマホにまだ残っていて、そこには普通に孫の健康を気遣い幸せを願う言葉があって、それを今見ているだけで十分幸せな気持ちになると。


EchoesでNovaもイツナからの「愛してる」を、胸に歩く力をもらっていた。

生きているのは「いま」
いまを進ませる力が「愛」


日々の生活の中で、誰かにもらった言葉とか受け取った気持ちとか、自然や動植物や何かを見て触れて心に感じた温かいもの。それらを手のひらに握りしめておけば、ずっとそこにあり、生きるための前に進むための力になるのですね。





今年の1月に会った、あの大きな傷跡のある木はどうなったのだろう。



6月の公園






 
緑の眩しい木立ちの端で、
しっかりと青い葉を茂らせていました。

「みて」

と言わんばかりに。



すごいね。自然の力は。
あんなに大きなダメージを負っていても、他の持てる力で精一杯生きている。

ゆづ桜も、傷んでしまったところはあるけれど、精一杯生きている。







傷を内包しながらも、その傷と一緒に共に生きている。
公園という世界の中で。






みんな、いまを生きている






Echoesを見て、本を読んで、いろんなことを考えました。

過去、現在、未来についてこんなに感覚的に意識したことはなかったなあと改めて思います。

特に「いま」

羽生くんは競技者時代からずっと「今を生きている人」だと思っていたけれど「それは誰もがそうなんだよ」と今回のEchoesではっきりと教えてもらった気がします。


生きているのは
いま。
そして自分自身。


そんな、奇跡のいまを大切に
周りから受け取っているものを手のひらに握りしめて
私も一生懸命に歩かなくちゃなあ、と思います。






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最後に
昨日、ツイッターに久しぶりに2020年のCBCインタビューが流れてきました。羽生くんが英語で受け答えしているインタビュー。




その中で私の好きな部分


「I was born for my skate」
「スケートのために生まれてきた」

同時に思い出すのが

「挑戦することに生きている」

これは、レッツ・ゴー・クレイジーの時のインタビューの中での言葉なので2016年過ぎあたりでしょうか。

自分のスケートのために生まれて、挑戦することに生きている。


羽生くんの心の芯は、今もこういう気持ちなのではないかなと思います。


次への「挑戦」のために、
次にもっと高く翔ぶためのメンテナンス。





ずっと走り続けてきた今、改めてこの期間を設けたことも一つの挑戦かもしれませんね。









Echoesの終盤
ダニー・ボーイ

たくさんの花が繋がってNovaの所に集まり「再生の音」が始まる


花はいいですね


























羽生くん

どうぞ頑張ってくださいね。

実りある日々となりますように。