僕にとってポケモンとは、一言で言い表すと「多くの贈り物」をしてくれた存在であり、この先も多くの何かをもたらしてくれる存在でもあります。
また、童心の心を取り戻してくれる存在でもあります。

そもそもこのブログを書き始めた理由は、人生を振り返る時に、その当時ポケモンは何世代の時だったかと振り返ることが多く、当時自分はどんなことをして、どんなことを考えていたんだろうと考えることも多かったです。それならいっそのこと文章にしちゃおうと思い、書き始めました。書くことで色々気付くこともあるハズでした。
ブログで公開していますが、あくまで自分自身の振り返りの為に書いたものであり、多くの人に見てもらったり、バズってほしいなんて考えてはいませんでした。

【グッズ紹介1 ポケモンボールコレクション】
グッズ集めにハマるきっかけとなったグッズです。ボール関連のグッズは多く、子供っぽいデザインが多いのですが、これは大人向けに作られており、一目惚れして購入しました。店頭&ネットでも品薄で、ヤフオクで見つけて購入しました。SNSのアイコンは全てこのボールのアイコンを使用しています。


小学生の時にポケモンと出会い、楽しく遊んでいましたが、中学生になり、周りはどんどんゲームから離れていきました。高校生の時は自身の病気や人間関係に絶望し、うつ病になってしまい、もはや心を開けるものはゲームだけでした。

大学生になって、アトピーが激化し、まともな生活を送ることさえままならなくなりました。その時もゲームだけが心の拠り所でした。

社会人になってオフ会に出るようになり、最初は楽しかったですが、次第にそこに集まる人に違和感を感じだしました。話の内容はポケモンの育成論の話ばかりでした。どの技構成が強いのか、正解のない話をひたすら続けてばかりで、正直ついていけませんでした。
「火炎放射」か「大文字」か
「波乗り」か「ハイドロポンプ」
といった議論を続けてばかりで、僕はそれについていくことが出来ませんでした。

そして、皆との間に溝を感じてしまったことがあります。それはpspのモンスターハンターの流行でした。ポケモンをやってる人の大半がポケモンと一緒にそれもプレイしていました。僕はそれに全く興味がなく、皆がモンハンを始めると全く蚊帳の外になってしまいました。決してハブられているわけではないですが、凄く孤独感を感じ、何で自分はここにいるんだろうと思いました。

ポケモンの集まりにいても、全然楽しさを見出すことが出来なくなってしまい、ポケモンセンターから帰る途中、東京湾へ行き、持ってるDSとソフトを海に捨ててしまおうとも考えました。当時ポケモンセンターは浜松町にあった為、東京湾のある芝浦ふ頭に近い為。

【グッズ紹介2 メダリーフ・ピンズ】
全国ポケモンセンター・ストアのメダリーフと、ご当地ピンズです。
旅行の目的は大体コレです(笑)
ポケモンセンター・ストア行きつつ、地元の食事と観光を楽しみます。
2022年6月現在未訪問店舗は「ストア御殿場アウトレット」「キョウト」「オーサカ」「オーサカDX」「ヒロシマ」「フクオカ」「ストアイオンモール沖縄」
メダリーフ機械設置確認済み店舗のみです。



ポケモンを一度辞めたのは、ブラックホワイト2が発売した辺りです。持っていたDS、GBAのロムを全て中古店へ売ってしまいました。これでポケモンの集まりとも距離がおけると思いました。しかし、暇を持て余すと、ポケモンのことを検索してしまう自分がいました。xyのメガシンカ、オシャボ育成、フェアリータイプと非常に魅力的でしたが、一度離れると決意したので、もう戻らないと心に決めました。
それでも、ポケモンに未練がある自分の思いを隠すことが出来ず、サンムーンで復活しました。

その時期は昔と比べて人間関係も広がっており、通っていた教会では子供達と一緒に遊んだことで、ポケモン好きな人というキャラとなりました。子供からは「ポケモンマスター」「ポケモンおじさん」と呼ばれました。そして、教会の友人の1人が「ゆうすけP」と呼び始めました。PはポケモンのPです。

これを通して、なぜ自分はポケモンが好きなのか、好きであることを積極的にアピールする訳ではないのに、会話は自然とポケモンのことになっていく、どこに行ってもポケモンキャラとなっていることに気づきました。この気づきも今回のブログ作成に繋がりました。

【グッズ紹介3 モンコレ】
昔から発売してるロングセラー商品ですね、初代から出てます。現在のシリーズでは収納ケースも発売されて、収集癖に火が着きました。安価ながら細かく作られてますね


また、ポケモンは10年ぶりの親友との出会いを作ってくれました。僕には小学生の時、親友が2人いました。1人は近所の友達、もう1人は小学2年生までのクラスメイトでした。当然ポケモンも一緒にやっていました。
しかし、近所の子は小学校卒業と同時に引っ越し、クラスメイトの子は2年生が終わるタイミングで引っ越してしまいましたた。
中学校に入り、新しい友達が出来るかと思いましたが、学校の雰囲気に馴染めず、「友達」は出来ませんでした。
一緒にゲームをしたり、学校外で遊ぶ人はいましたが、彼らは自分がいじめてくる時に助けてくれたり、自分の悩みを親身に聞いてはくれませんでした。あくまで「共通の趣味を持った同級生」でした。
結果10年間「友達」は出来ませんでした。そもそもこの10年で友達といるという感覚さえ忘れて、人との距離感もわからなくなっていました。
その10年ぶりとの親友との出会いはポケモンでした。一番最初に出会ったのはポケモンセンターでした。初対面でこの人とはどうも他人の気がしないと思い、その時はSNSの友達申請のみで繋がっただけでした。その数カ月後ポケモンセンターで再び会った際に連絡先の交換をし、後日飲みに行こうと僕が誘いました。
数日後、飲み屋でお互いの腹の中を明かし合いました。家庭でのこと、学校でのこと、病気や障害のこと。こんなに色々なことを話し、理解をしてくれる人に出会ったのは初めてでした。そして、人に心を開くってのはこういう感覚、これが友人と話すって感覚だと実感しました。紛れもなく彼は10年ぶりの親友でした。

【グッズ紹介4 メタルチャーム】
全ポケモン分登場してます。みがわり人形、ロトム図鑑もあるのがミソですね
一つ買うと進化系がついてしまうのが、ネックですね、自分は最終進化系だけ欲しいので、値段がかかってしまいます。
ゲーム内で育成したポケモンを全て集めて、ゲーム内のボックスと同じレイアウトにするのが夢です


僕はずっとポケモンが大好きでした。小学生の頃、テレビのサトシには胸熱くなり、ゲームでも頑張ってレベル100まで色々と育てました。
中学・高校になるにつれて、「ゲームはダサい、オタクで陰キャでキモい」と言い出す人もいます。当時は大人でゲームをやる人はちょっと白い目で見られてました。
オフ会に参加するようになってもその気持ちは変わらず、それもオフ会を離れる原因になっていました。
30代になる頃にはそこまで世間体を気にすることなく、知り合いの子供とポケモンを楽しめるようになりました。

今考えると世間体に大きく毒されてたんだと思います。真面目に考えればどう思われようがポケモンが好きならそれで良かったんだと思います。いい年してアニポケ観たり、ゲームをしたり、通信ケーブル繋げて遊んでたり、別に楽しければそれでいいんだと思います。本当は中学・高校時代も小学生の頃のように、純粋に楽しく遊びたかったのが僕の思いでした。
たとえ世間体に毒されても、僕は「永遠のポケモン大好き少年」でした。どんなことがあってもこの気持ちだけは裏切ることは出来ませんでした。


【グッズ紹介5 ノート】
リボンコンプ用のメモに使っています。
自分の妄想が詰まってます






皆さんも生まれた年代によって、初めてプレイしたポケモン作品、どのようにしてポケモンと出会ったのか、初めて出会ったポケモンは誰なのか
1人1人思い出が違うと思います。
改めてポケモンとの思い出を振り返ると様々な発見があるかと思います。

始めにも言いましたが、ポケモンは僕に「多くの贈り物」をしてくれて、多くの気づき、人との繋がりを作ってくれました。
きっとこの先も多くの何かをもたらしてくれると僕は信じています。その思いがある限り、ポケモンと歩む道は続くと思います。



みんなの かがやく えがおが

その えがおが たくさんの であいを つくり

であいが かがやく みらいを つくる

みんなに あえて よかった

あなたに あえて よかった

〜サンムーン エンディングのリーリエの台詞より〜




最後になりましたが、ここまでご清聴いだき、本当にありがとうございました!