大学は2つ行きました。
初めに進学したのは、偏差値低めの女子大でした。

高校時代に勉強についていけなくなった私は、センター試験などはハナから受けず、AO入試でレポートを提出しただけで受かる大学を選びました。

親は成績のことは何も言ってきませんでしたが、大学にだけは行くように言ってました。
実家からの通学圏内に大学はありません。
必然的に実家を離れることになります。

私は、勉学はともかく、とにかく実家を出て東京に行きたかったので、そこはうまく親の利害と一致しました。

親は「おじいちゃんのお金があるから心配するな」
「専門学校なんて恥ずかしい、大学じゃないと金は出さない」
と言ってました。
「我が家は娘を東京の大学に出した」
どうやらこれで胸を張れるようです。

ならば、進学先は大学。というわけです。


上京して初めて親元を離れ、初めて開放感を得たというか、それなりに楽しい生活を送れました。
寮生活で厳しい門限もありましたが、初めてバイトもし、サークルも入りました。

友達もできました。
数は少ないですが、今でもたまに会う子がいます。

キャンパス内では1人で行動していてもいいし、高校時代までのガッチリしたクラスという枠もなく、私には居心地がよかったです。

上京してすぐの頃、とても好きな人ができました。
サークルつながりで知り合った他大の先輩で、メチャクチャ頭のいい人でした。
頭が良すぎて、話している内容も理解できないくらいでした。
当然、そんなに話も合いませんでした。

それでも好きで、ストーカーかのようにメール攻撃をしたり、
理屈を駆使して私と付き合うように説得したり、
かなりヤバい感じだったと思います。

とても理知的な人だったので、すべて受け流してくれ、大事にはならずに済みました。


そう、私は恋愛依存なのではないか、と思います。

その後、その人の先輩にあたる人に付き合おうと言われ、全く好きなタイプでもないのに、付き合うことにしました。
この頃から、「彼氏」という存在がないとダメな感じでした。

でも、好きではないので、言われることのすべてがカンに触り、腹が立ちました。
一緒に出かけるのも、彼氏として振るまわれるのもストレスでした。


また、珍しく目標ができました。
その大学では学べないことがあり、他大への編入学を目指すようになりました。
高校時代に見向きする気もなかった英単語を、連日遅くまで大学の図書館に残って頭に叩き込みました。

周りより2年遅れて、波がきた感じです。
大学2年。周りは遊び回っている女子大生ばかり。

しかし不思議なことに、一律にがむしゃらに周りが勉強していた高校時代より、意欲が湧きました。
周りには編入を目指していることは一言も言わず、一心不乱に1人で勉強しました。
楽しかったです。

現在でもそうです。
誰かに強制されない勉強に、1人でもくもくと取り組むのが好きです。
社会人になってからは、忙しい時間の合間を縫って勉強し、資格を取るのが趣味です。


その頃には、好きな人のことはようやく忘れていき、形だけ付き合っていた人のことは放置。
1年弱くらいで突き放して終わりました。


努力は実りました。
倍率10倍の編入学という狭き門を突破し、志望大学に合格。
共学の有名大でした。

しかし、晴れてこの大学に入ると、またしても意欲は低下。
異性関係もろくでもないことになっていきます。



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