毒母と絶縁したのは4年前にはなりますが、今日まで毒母の事を忘れて自分らしく生きることに努めてきました。
自分の母が毒親だと気づいたきっかけは私が職場で体調不良になり、実家療養していた時でした。
当時、私は新人社員で九州配属になり、周りは男性社員ばかりで分からない事があって先輩に聞いても先輩も分からないため自分で調べたり、近隣の県配属の同期や先輩に聞いたりしていました。
そのうちに苦労して経験した事が身を結びお客様から受注を受けて段々と自分の仕事が忙しくなり、さらに先輩たちからの仕事も膨大になり、最終的に鬱になりました。
医師からはなるべく早く休ませてあげたほうは良いと診断頂き、実家へ一時帰省しました。
帰省して数日も経たないうちに母は私に家事や炊事を押し付け、一つでも怠ると『当たり前の事ができないから、ナマケモノだ』『近所からは良く新人社員なのに休めるねなんて言われて私は恥ずかしい』などと罵声を言われました。
実家に帰省してすぐに心療内科の病院に行って、母から受けた罵声や実家に帰省しても心が休まるどころか毎日死を考えることなどを伝えました。
医師からは母から距離を取る事を勧められましたが、
母は地元の病院職員とは顔見知りもいるため病院の配慮で面会謝絶にしても必ず親戚の誰かかを利用して私に接触する可能性があるため、九州の自宅に戻って療養することに決めました。
九州の自宅に帰る前に母に呼び出されて、母からは『私の態度が気に食わない』『お前は私(母)の容姿が醜いから私(母)が嫌いなんだ』『お前を産んだことを後悔した、もう家には帰ってくるな』などと散々暴言を吐かれました。
その場には私の父も同席していましたが、父も流石に母の暴言には堪忍袋が切れて『心の安静が必要な時に娘にそんなこと言うのは違う』などと言っていましたが、母は納得せずに
私が悪者であり、母は被害者であることしか認識していなかったです。
この出来事が母が毒母であり、今まで母から受けたこと自体がやはり友人の家族とは違い異常な事だったんだとわかった瞬間でした。
母から受けた異常体験は別のタイミングで伝えようと思います。
自分の母が毒親だと気づいたきっかけは私が職場で体調不良になり、実家療養していた時でした。
当時、私は新人社員で九州配属になり、周りは男性社員ばかりで分からない事があって先輩に聞いても先輩も分からないため自分で調べたり、近隣の県配属の同期や先輩に聞いたりしていました。
そのうちに苦労して経験した事が身を結びお客様から受注を受けて段々と自分の仕事が忙しくなり、さらに先輩たちからの仕事も膨大になり、最終的に鬱になりました。
医師からはなるべく早く休ませてあげたほうは良いと診断頂き、実家へ一時帰省しました。
帰省して数日も経たないうちに母は私に家事や炊事を押し付け、一つでも怠ると『当たり前の事ができないから、ナマケモノだ』『近所からは良く新人社員なのに休めるねなんて言われて私は恥ずかしい』などと罵声を言われました。
実家に帰省してすぐに心療内科の病院に行って、母から受けた罵声や実家に帰省しても心が休まるどころか毎日死を考えることなどを伝えました。
医師からは母から距離を取る事を勧められましたが、
母は地元の病院職員とは顔見知りもいるため病院の配慮で面会謝絶にしても必ず親戚の誰かかを利用して私に接触する可能性があるため、九州の自宅に戻って療養することに決めました。
九州の自宅に帰る前に母に呼び出されて、母からは『私の態度が気に食わない』『お前は私(母)の容姿が醜いから私(母)が嫌いなんだ』『お前を産んだことを後悔した、もう家には帰ってくるな』などと散々暴言を吐かれました。
その場には私の父も同席していましたが、父も流石に母の暴言には堪忍袋が切れて『心の安静が必要な時に娘にそんなこと言うのは違う』などと言っていましたが、母は納得せずに
私が悪者であり、母は被害者であることしか認識していなかったです。
この出来事が母が毒母であり、今まで母から受けたこと自体がやはり友人の家族とは違い異常な事だったんだとわかった瞬間でした。
母から受けた異常体験は別のタイミングで伝えようと思います。