ペンギンおじさんのブログ -13ページ目

ペンギンおじさんのブログ

ブログの説明を入力します。

「いじめはよくない、最低だ。」ってのはきっと、殆どの人の共通認識だと思う。

「いじめは無くなって欲しい」って感情も恐らく多くの人がそう考えていることだろう。

でも、「じゃあ実際にいじめがなくなる為にどうすれば良いか」の結論までは行き着かない人が殆どなんじゃないだろうか

僕もいじめが消滅して欲しいと願いつつ、具体的な解決案も出せずに生きて来たが、ようやく僕なりの「答えにとても近いモノ」が出せた気がするので、文字に起こして、伝えたいと思う。

いじめられっ子が、自らの努力でその地獄から脱出するのは極めて難しい。
というか、多分自力でどうにか出来る問題ならきっといじめられてないし、とっくに抜け出してる

ならば、いじめっ子を説得して意識を正していじめないように変えるべきなのか?
いじめっ子の肩を持つ気は一切無いのだが、それまで生きて来た中で育まれた価値観や人生観、性格などを変えるのは容易いことではない。

そこで僕が考えた、問題解決の鍵になる人物

それは、いじめっ子でもいじめられっ子でもない「君」なんだ。

かといって、勇気を出して単独でいじめっ子の前に立ちはだかってそいつらをやっつけろなんて漫画染みたことは言わない

正確に言うと、いじめっ子といじめられっ子以外の全ての周りの人間だけがいじめを解決出来るんだ。

さっき言ったみたいに勇敢な人が一人でいじめっ子に立ち向かっても「なんだお前生意気だな、じゃあ今度は代わりにお前をいじめてやるよ」と成りかねないし、当然みんなそれを恐れてると思う。

けど、例えば40人のクラスでいじめっ子が3人、いじめられっ子が1人居たとする。
そこで残りの36人が「いじめなんて止めなよ!」と一斉に意志を強く示せば、いじめは無くせるんじゃないだろうか。
みんなでNOを唱えて、大人に相談してキチンと巻き込めば、いじめっ子が反撃する方法なんて無くなる
多数決、多数派の強さってのはこんな時の為に存在しているんじゃないだろうかって思うんだ。
けれど、決して間違わないで
「いじめっ子は悪だからどんな罰を与えてもいい」なんてのは完全に間違いだ。
そんなことをしたらお互い悪になってしまう。
あくまでいじめっ子がいじめを止めて、いじめられっ子が救われることが一番大切なんだ。
正義なら何をしても良いってのはよくある勘違いだからね。

勿論誰だって悪意が飛び火するのは怖い。
触らぬ神に祟りなしなんてことも考えるかも知れない。
もしかしたら「なんであんないじめられっ子の為にリスクを背負う必要があるんだ」って思うかも知れない。

例えばいじめられっ子は、みんなと違う感性だったり、トロくさかったり、変だったり、ブサイクだったりするかも知れない

でも、それくらいのことで

殴られたり
無視されたり
お金を取られたり
精神的に追い詰められて自殺したりするのはおかしいと思わないか。

ここまで読んだ人は「偉そうに理想論語ってるけど、じゃあお前は勇敢に行動したのかよ?」って思うかも知れないね

声を大にして言うことじゃないけど、僕は中学の頃どちらかといえば「いじめられっ子」のタイプだった
アレを「いじめ」だと自分では言わなかったけれど、不良にしょっちゅう殴られ、最終的に歯も折れた。

なので残念ながらヒーローになるチャンスは無かったので、何とか生き残って卒業することが僕にとってのベターな行動だった

いじめられっ子へ
君が取るべき行動は反撃じゃなくて、SOSをハッキリ出して、逃げて生き延びることだよ、死なないでくれ。
生き残っていじめっ子より幸せになれ、そうすればお前の勝ちだ。
「死んだ方がマシだ」って思うことは多かったけど、今の僕は楽しいし幸せだぜ、きっと君もそうなれるから。




・・・だから、いじめっ子でもいじめられっ子でもない君が一人だけで勇気を出す必要は無いから、
みんなに呼びかけて、力を合わせて、弱い人を守ってあげてくれないだろうか。


頼む、君だけが、「彼」を、「彼女」を救えるんだ。