三浦大輔=原作・脚本・監督の映画『愛の渦』を観た(テアトル新宿、3月4日)。ポツドール公演として上演された舞台版『愛の渦』(もちろん作・演出は三浦大輔。第50回岸田國士戯曲賞受賞)は初演も再演も観劇し、その都度圧倒されている。海外ではベルリン、ル・アーヴル、ニーム、パリで上演されているが、大金持ちだったら私も追っ掛けとして観に行ったかも知れない。


  舞台版と映画版とを比較すれば、俳優が生身の肉体として指呼の間に実在する舞台版の方に分があるのは仕方がない。しかし映画版も、映画として傑出した出来映えを示している。映画版独自のエンディングは賛否の分かれるところだろうが、私は「映画だから」という条件付きで支持したい。


  舞台版とは異なる俳優たちの演技も称讃に価するし、スタッフもそれぞれ実力を発揮している。ともかく映画版『愛の渦』は、企画の噂を聞いてから長く待たされただけの価値のある作品だ。舞台版の方がさらに革命的だったのは已むを得ないこととして、この映画が(特に海外で)大きな映画賞をいくつも獲得しても、私は少しも驚かないだろう。




 Je suis encore vivant !
   — Albert Camus, Caligula


 おれはまだ生きている!
   ── アルベール・カミュ『カリギュラ』(渡辺守章訳も岩切正一郎訳もこの部分同じ)


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 これがこの戯曲最後の、カリギュラの台詞である。


 さいたまネクスト・シアター公演『2014年・蒼白の少年少女たちによるカリギュラ』(蜷川幸雄演出、彩の国さいたま芸術劇場インサイド・シアター、2月16日観劇)は、しかしこの台詞のあとにもうひとつ、カリギュラひとりの場面が付く。カミュが決定稿で削除した場面なのだとか。ハヤカワ演劇文庫版(岩切正一郎訳)の訳注で読むことが出来る(この日記のタイトルは、その場面の冒頭部分)。


 最終的に削除されたこの場面を敢えて付け加えた演出は、今回の『カリギュラ』では効果的だったと言える。「今回の」と言うのは、蜷川幸雄は2007年に一度、シアターコクーンで『カリギュラ』を演出し、圧倒的な成果をあげているからだ。


 2007年のカリギュラ(小栗旬)が荒ぶる狂気を体現していたとすれば、今回のカリギュラ(内田健司)の狂気は静謐なものだと言える。同じ戯曲が同じ演出家の手に掛かりながらこうまで違うものになったことも驚きだが、どちらも深く納得できる舞台に仕上がっていたのはさらに驚くべきことだ。


 小栗旬のカリギュラは「おれはまだ生きている!」と叫んで終らなければならないが、内田健司のカリギュラには観客に対する遺言とも言うべき長台詞を静かに語る余地が残されていたということだろう。『カリギュラ』という独特な戯曲を私は、まったく様相を異にしたふたつの舞台で楽しんだことになる。


 アルベール・カミュと蜷川幸雄の多面的な魅力を、今回は思い知らされた。


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 ちなみに、蜷川幸雄演出の『カリギュラ』(シアターコクーン、2007年)を観劇した印象をもとに私が書いたのが「暴君こそが詩人である」10首である。『詩を弃て去つて』(書肆山田、2011年)に収めたトリプティック「世界の餘白」を構成する一篇だ。作中、例のカリギュラ最後の台詞が引用されている。


 その「暴君こそが詩人である」のエピグラフは、第4幕第12場のカリギュラの台詞だった。


 En effet. Les autres créent par défaut de pouvoir. Moi, je n’ai pas besoin d’une œuvre : je vis.
   — Albert Camus, Caligula


 そうとも。他のやつらは権力がないから創作をする。おれは作品など、作る必要はない。生きているのだ。おれは。
   ── アルベール・カミュ『カリギュラ』(渡辺守章訳)



 朝日新聞東京本社版2014年2月18日付夕刊の伊佐恭子記者のコラム「早稲田短歌会 花開く個性」について、真意を質したいことがある。伊佐記者は吉田隼人の角川短歌賞受賞作「忘却のための試論」を「強烈なインパクトがあるが欠点もある」と評しているが、その「欠点」とはどういうものなのか?


 「欠点」について評価基準も実例も示さない伊佐記者の評言は、吉田作品に懐疑的な選考委員・永田和宏の贈呈式での講評に引き摺られたものであるに違いない。あの講評で永田委員が好ましくない作例として挙げた二首についての批判をそのまま信じて、吉田作品には「欠点もある」と書いたのではないのか?


 「欠点」という強い言葉を用いて新人を批評したからには、伊佐記者は吉田作品のどこに欠点があるのかを具体的に示すべきだ。角川短歌賞同時受賞の伊波真人にも歌壇賞受賞の佐伯紺にも批判的な言葉を用いず、吉田隼人にのみマイナスの評価を加えた理由を、伊佐記者は明確に説明しなければならない。


 強調しておきたいが、永田委員が好ましくない作例として挙げた二首、特にその内の〈いくたびか摑みし乳房うづもるるほど投げ入れよしらぎくのはな〉は、「忘却のための試論」の核心とも呼ぶべき絶唱だと信ずる。


 永田委員が批判し伊佐記者が「欠点」と捉えたところにこそ「忘却としての試論」の精髄がある。吉田隼人という新人の才能は、この「欠点」から最もよく窺い知ることができるのかも知れない。だとしたら伊佐記者のコラムは、吉田隼人の天稟の位置するところを図らずも指し示していたのだと言えよう。


 永田委員の批判は、吉田隼人の短歌が「言い過ぎる」、つまり「過剰なものを持ち過ぎている」ということに対してなされていた。しかしこの「批判」は文学者にとっては、むしろ「称讃」だと言うべきではないだろうか?





 塚本邦雄に関してひとつ疑問に思ってきたことがある。彼の「ジャン・ジロドゥ受容」という問題は、研究ないし検証されているのだろうか? 塚本が活潑な活動を開始したころ、ジロドゥの作品(戯曲も小説も)が次々に翻訳されていた。観劇の習慣があったとは考えにくい塚本(文楽に対する態度は橋下徹より容赦が無かった)だが、影響は受けた可能性がある。


 そのささやかな証左とも思えるのが、塚本が好んで使った「園丁」という言葉である。「庭師」「植木屋」「園芸家」「庭造り」といった言葉と意味はほとんど変わらないが、印象はまったく異なるし、特殊な言葉だとも言えよう。この言葉を塚本は、ジロドゥの翻訳から借用したのではないか。塚本の最初のエッセイ集『悦樂園園丁辭典』(薔薇十字社、1971)の園丁は、ジロドゥの戯曲『ソドムとゴモラ』(諏訪正の翻訳を収めた白水社版『ジロドゥ戯曲全集5』は1958年初版)に登場する園丁( Le Jardinier を諏訪はそう訳している)の末裔だと思えてならない。


 ちなみに『ソドムとゴモラ』の初演( Théâtre Hébertot、1943年10月)では、園丁とともに第一幕の最初の場面(序曲 Prélude と銘打たれている)に登場する大天使( L’Archange )はジェラール・フィリップが演じている。彼こそは塚本好みの俳優のひとりだったのではなかったか?


 最後に、『ソドムとゴモラ』の一節を引用しておこう。第一幕序曲末尾の、大天使の台詞である。


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 Tous les hublots du ciel et l’œil du jardinier, c’est plus que suffisant pour voir la fin du monde.
          — J. Giraudoux, Sodome et Gomorrhe


 天の窓と園丁の目、世界の終りを見るのはこれだけあればもう十分だ。
          ── ジロドゥ『ソドムとゴモラ』(諏訪正訳)


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 塚本邦雄に「世界の終りを見る」覚悟があったのは、おそらく間違いないことだろう。



 これまで私は、才能のある歌人は年齢に関係なく、誰もがライヴァルだと考えてきた。しかし、己の「死」を切実な問題として考えざるを得ない年齢になって、いつまでもそんな姿勢を貫いているのは間違いなのかも知れない。


 ここに二人の、飛び抜けて有望な歌人がいる。生年は同じだが、角川短歌賞受賞は一年違いの、藪内亮輔と吉田隼人である。この二人を高く評価することに変りはないが、私はこの二人の間に、個人的に一本の線を引きたいと思う。


 つまり、藪内亮輔までの歌人をライヴァルと呼び、吉田隼人から後の歌人を後継者(英語ではサクセッサーだろうか)と呼ぶことにしたいのだ。そうすることで、心の平安が得られるような気がする。「死」を意識し始めた歌人の粋狂な思い付きを、大晦日のことではあるし、笑って聴してもらいたい。



 ディーノ・ブッツァーティの『タタール人の砂漠』に深刻な感銘を受けた勢いで、今年五月に(つまり続け様に)岩波文庫に収められた同じ作家の短篇小説集『七人の使者・神を見た犬 他十三篇』(脇功訳)も読んでしまった。これがまた大当りと言おうか、滅法面白く、巻を措く能わずといった感じで一気に読了。


 『タタール人の砂漠』は、ある程度年齢を重ねてから読んだ方が身に沁みると思うが、短篇小説の方はどの作品も、読書家になら年齢を問わずに歓迎されるに違いない。ブッツァーティの作家としての技量は、まさにただならぬものだ。たとえば「竜退治」という短篇など、ドラゴン退治のゲームに熱中している人々に読ませてみたい。小説の方がずっとスリリングなのではないだろうか?


 この文庫は、『六十物語』と題された作品集(1958年にそれまで発表した作品集からのものも含めて出版され、ストレーガ賞を受賞したとのこと)からその四分の一に当る十五篇を訳出したものだそうだが、是非六十篇すべてを読んでみたいものだ。(なお、未入手ながら光文社古典新訳文庫のブッツァーティ『神を見た犬』(関口英子訳)には短篇小説二十二篇が収められていて、岩波文庫版とは四篇が重複するだけらしい。)




 前項の補足。


 ブッツァーティの『タタール人の砂漠』( Il Deserto dei Tartari )は、読者である私に、私自身の人生について考えさせてくれた。主人公ジョヴァンニ・ドローゴの人生を、さらに一段と惨めにしたようなものが、私の人生だったのではないか?


 ここで思い出されるのは、ロバート・ルイス・スティーヴンソンの短篇小説『水車屋のウィル』( Will o’the Mill /岩波文庫の高松雄一・高松禎子訳『マーカイム・壜の小鬼 他五篇』に収められている)である。この短篇で描かれた主人公ウィルの人生こそ、私が望むべき人生だったのではないか? そう思えてならないからだ。


 私はウィルのような人生を送るべきだったが、ジョヴァンニのような人生を送ってしまった。痛恨の極みだと言うべきだろう。




 今年の四月に岩波文庫に収められたディーノ・ブッツァーティの長篇小説『タタール人の砂漠』(脇功訳)を読んで、深い感銘を受けた。


 ブッツァーティはイタリアのカフカと呼ばれることもあるようだが、カフカよりずっとウェットな作風だと言える。代表作とされるこの小説も、若い時に読んでいたら、ちょっと風変りな小説だ、ぐらいに片付けたかもしれない。


 しかし今の私には、主人公ジョヴァンニ・ドローゴの人生と私自身の人生とがアナロジカルに感じられて、深い戦慄を禁じ得なかった。ここにある途方もない徒労感は何だろう! この小説を読み了えた瞬間に、主人公のそれと同時に私の生命の火が消えてしまっても、不思議ではないように思われたのである。




 近年活気が溢れている大学短歌会のひとつに所属する俊英歌人が、「短歌における一字空き」について論ずるための参考図書をツイッター上で探していた。そのツイートに刺激されて、私も「短歌における一字空き」についてちょっと書いておきたい。長年疑問に思っていたことがあるからである。


 それは、なぜ歌人の多くは一首の途中に登場した「?」や「!」の後を一字空きにしないのだろう、という疑問だ。見た目だけを考えても、「?」や「!」の後は一字空いていた方が綺麗だと思うのだが、どうだろうか? 散文を組む場合にも、一字空きにする(このセンテンスと前のセンテンスとの間のように)のが常識的な処置だと思うのだが。


 しかしどうやら、「?」や「!」の後は一字空きにしない、というのが、短歌の世界では主流と考えてもよいらしい。敬愛する岡井隆さんでさえ、一字空きを用いない方法を選んでいる。彼の最新刊『ヘイ龍カム・ヒアといふ声がする(真つ暗だぜつていふ声が添ふ)』(思潮社)で言えば、p.151 の1首目、p.153 の2首目がその例である。


 もちろん私は、こういう場合ずっと一字空きを用いて来た。まあ、そもそも短歌の中に「?」や「!」を使うのが異例なのかもしれないのだが。しかしこれは、やはり考えてみてもよい問題だと思う。


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 ちなみに私が今年の初めに上梓した『ローマで犬だつた』(書肆山田)は、1250首の短歌から構成されているのだが、藤島秀憲さんの根気強く正確極まりないカウントによると、「?」が175回、「!」が504回登場するのだとか! 短歌の末尾に打たれた「?」や「!」もあるわけだが、ともかく一首の途中に登場した「?」や「!」の全てに一字空きが続いていることになる。想像を絶する数だと言えるだろう。我ながら感心せずにはいられない。



 昨日(30日)、まもなく終了する展覧会をふたつ観た。どちらも楽しめる展覧会だった。


 まず、東京国立博物館平成館で《特別展 和様の書 The Beauty of Japanese-style Calligraphy》を堪能。たしかに和様の書の名作優品が大量に展示されていて、圧巻だった。すべてをすらすらと読めないのは、まあ仕方が無いと言っておこう。


 次に国立新美術館に廻って、《ANDREAS GURSKY アンドレアス・グルスキー展》を鑑賞。デジタル技術を駆使した独特の作品(巨大な作品ばかりでなく、小さい作品もある)を、制作年代順ではなく、これまた独特な順番で展示してある。会場を何回も、違う方法で回遊すると、グルスキーの世界の独自性と普遍性をより深く実感できるという仕掛けだ。


 2001年のことだったと思うが、MoMA の中をぐるぐる廻っていて、突然、それまでまったく知らなかったグルスキーの個展会場に紛れ込んでしまったことがある。あの衝撃は、ちょっと忘れられない。代表作のひとつとされる1999年の作品 99Cent など、今回も展示されているが、ほとんど記憶通りだったのに改めて吃驚した。ともかく、今まさに観ておくべき重要な写真家だと思う。特にこの作家の写真は、実物に接しないと見失われるものが多すぎることではあるし。


 《特別展 和様の書》に展示されているカリグラフィーには、微細な美が溢れている。グルスキーの作品には、とんでもなく巨大なものが多い。しかし、カリグラフィーの微細な美が巨大な世界を暗示していることも、グルスキーの巨大な画面から微細な世界が読み取れることも、ふたつながら事実だと感ぜられた。