そう、始まりは小学5年生の夏のこと。

 

『ママ、俺も塾通ってもいい?』

 

都内の公立小学校に通い、毎日デュエマだモンハンだドッヂボールだと遊びに遊びまくっていた私の口からとんでもない一言が繰り出された。

え?小学5年生にもなってまだ母親のことをママと呼んでいたのかって?

ええ、呼んでいましたとも。なんなら二十歳を過ぎた今でもね。

あれさ、途中で変えるの至難の技じゃない?

だっておかしいじゃん。今までママ、ママぁ〜って呼んできた人にお袋だとかオカンだとか。。

母親からしてみれば、え、何あんたどうしたのよ急に笑。ママ呼びが恥ずかしくなっちゃったのかな?笑みたいなね。

きっと母親の呼称変更という難易度Gミッションにクリアした者たちは超便利魔法「反抗期」の力を借りたものがほとんどなのではなかろうか。あれはずるい。学会ではババア呼びの免罪符と表現されることもあるらしい。私には幸か不幸か反抗期というものがなかった。だが、勘違いしないでほしい。

この手の話をすると必ずと言ってもいいほど聞かれるのが「お前、マザコンなの?」だ。それは断じて違う。ここで否定するとかえってガチっぽくなるかもしれないが、あえて完全否定しよう。断じて違う。大事なことなのであと何回かは強調するだろうが何せ大事なことなので許してh‥

そろそろこのくどすぎる書き調子に自分自身がうんざりしてきたので控えめに行くことにした。今決めた。

反抗期についてはまだまだ話したいこともあるが、話がそれすぎると良くないらしいので←誰が決めたんじゃボケェ

そろそろ本題に戻ると思ったぁぁぁぁ?戻りませーーーんwwww

ごめんなさい調子乗りました私が死んで火葬される時に焼き土下座やっときますんでどうか何卒お許しを。

ということで私の反抗期論を聞いてください。

そもそも反抗期とはですね、年齢を重ねることによってある程度の自我が芽生え、今まで気にもならなかった親の理不尽に気付いてしまった時に始まると思うんですよ、ええ。よく見るじゃないですか。自分の子供がものの道理を知らないことをいいことに、知られたくないことは上手く適当なこと言ってごまかしてるシーンとか。

やばい‥もう疲れてきた。俺ブログ向いてなくね?というわけで反抗期論についてはまた今度。ほんとはこのあと本題に戻って

 

思い返せば、まだこの時は自我というものが完全には芽生えていなかったのだと思う。

 

 

という感じに塾通わせてくれ宣言の裏側が暴かれる予定だったのだがこれにて終了。このテンションというか書き口、書いた本人ですら読み返すとうざいから呼んでくれたみんなはもっと ううぅっっっ ってなってることでしょう。皆様の御目を汚してしまい大変申しわけございませんでした(≧∀≦)てへ