お風呂で徒然…
「子どもは、わたしにとって初めての明確な存在理由だ」
…って、
お風呂でぼーっと考えました
(休日はパパがいるから、ゆっくりバスタイムできるんだな
)
)子どもを持つ前って、
いくつ歳を取っていたとしても
自分の関係性としてはいつまでも
親の『子ども』なんだよね。
この時って、結構がんばらないと
自分の明確な存在理由を見つけるのって、正直難しいと思う。
わたしはなんで働くの?
なんでがんばるの?
なんのために生きてるの?
もちろんそれについては、
目標なり夢なりまわりの人なり、
自分なりの答えをそれなりになんとなく持ってるから、
毎日を生きていた訳だけど、
その答えが全く揺らがずにいられるかっていうと、それは結構がんばらないと難しかったりして…
だけど、
子どもを持つと、自分は、
親の『子ども』
ってポジションを抜け出して、
一気に『親』になる。
そうすると…
自分の第一の存在理由は
「子どもを成長させること」。
これは明確。ぶれない。
だって、現実問題、
子どもは親(もしくはそれに代わる人)がいないと生きていけないわけで、自分の子どものその役割はどう考えたって産みの親であるわたしがするべき。
だから、
第一義的なわたしが生きる意味
それは、どう考えたって、
子どもの成長となる訳。
たぶん、
『子ども』から『親』へ。
これってすごい変化で、子どもを持つことが人生の糧になるっていうのは、こういう理由なのかな…なんて。
そういう意味だと、
野田聖子さんも、養子をとることも、全然アリだと思う。
自分の遺伝子を残すこと、産むこと、はもちろんすごく大きな意味を持つことなんだけど、
それと同じくらい、
「子どもをもつ」っていうこと自体がとても大きな意味を持つことだと思うから。
(ちょっと話ズレたかな…)
ちょっと前に、
ホンマでっか?!TVで、脳科学の澤口先生が、
「女性が50を過ぎても長生きする理由は孫の世話をするため」
みたいなことを言ってたけど、
たぶん、
子どもがいたほうが、
孫がいたほうが、
長生きするんだろうなー
だって、いるといないじゃ
全く存在理由の明確度が違うもんね。
(また話ズレました…
)
)

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