アルファであり、オメガである

こんにちは。

ベニ緒です。

あまりジャンルにこだわらないブログですが

覗いてみてください。

自分の思いのたけをぶつけたりしています。

Amebaでブログを始めよう!

遠い


君のこと


想えば想うほど


記憶が薄れていく


思い出そうとすれば


するほど


君の姿が


薄くなって



追いかけようとするのだけど


何かに


吸い込まれていくように


君が見えなくなる


それが怖くて


僕は


君のこと


思い出さないように


しているのだけれど


しないように


すればするほど


涙があふれだして


止まらなくなって


涙で


頭の中の君までも


見えなくなる



そっと


目を開くと


そこには


現実があって


追いかければ


追いかけるほど


手に入らない


君が


また


そこにいた




風のリボン

七色の谷を 越えて
  流れていく 風のリボン


「花の街」という歌の一節です。

昔、合唱団に所属していたのですが、

とある発表の時に

この歌を唄いました。


「風のリボン~」 


なんて可愛らしい言葉かしら…

と思いました。

その時は純粋だったので(笑


「風のリボン」

きれいな形容の仕方が

あるのだなぁと

思いましたよ。


なので今でも忘れられない言葉になっています。


そう考えると

心に届く言葉や、キレイだな、と思える言葉

というのは、

このように短い言葉なんだ、

長い必要はないのだな、と思えます。


私達はつい長く語りたがるけど、

本当に必要な言葉はあっけないほど

短いのかもしれません。


小説でもなんでも、

最後に作者が言いたいことは

一瞬で終わったりします。

でもそれまでに、最後の一節を言うがために、

何頁も過程がある。


人の生もそうなのかな。


多くの過程を踏んだ人ほど、

その人の持っている大事な言葉ほど、

短いものかもしれません。


たしかに

世の中に残ってる、有名な名言というのは

短いですよね…


短い言葉をさがして

人生の旅にでるのでせうか


風のリボン~


是非、この曲聴いてみてください

いい曲です


「花の街」

作詞:江間章子
作曲:團伊玖麿


アカシアの雨にうたれて

 むらさきの羽の色

    それはベンチの片隅で

      冷たくなったわたしのぬけがら~       

                             アカシアの雨がやむとき(西田佐知子)

何だか切ない詩ですよね


私はここの部分がすごく好きでしてね

抽象的なのですが、

なんとなく惹かれる詩なのでございます。


もともと昭和の歌謡曲が好きでして、

このような歌詞に出合うと、なんて粋な!詩なのだろう

と驚かされます。


その時代、まだ発展途上の時期だったでしょうから、

暗い事件も多々あったでしょうね。

なんていうんでしょう、こう、

今現代の歌にはない、血を吐くように書かれた

というか。(なんか怖いですね)

そういった儚さを持っている

詩が多いですね。

現代の曲を否定するわけでもないんですが、

今どきのはどんなに楽曲が良くても

惚れた・腫れた(ホレタ・ハレタ)

の歌詞ばかり。

それで落胆することもしばしば。

なんか幼稚っぽいんですよね。

内容が。


歌詞から

現代の精神年齢の低下が分かる。


歌がその時代、時代を代表すると

いうことはよく分かりますね。

歌詞が

より顕著にその時代の人間性を

映し出すような気がします。


う~ん

粋な詩がどんどん生まれてきますように


…って言っても、まだ私は20代なのですが(笑

なんだか年寄りくさいですねぇ

夢に日付を

~DATE YOUR DREAM~

            夢に日付を入れよう

この言葉は

今、日本で最も有名な社長さんの

書いた本に載ってたものです。(何とかエモンじゃないよ)


彼は小さい頃から社長になることを決めていて、

24歳(!)に事業を起こしたもよう。


それは22歳の3月、

「24歳の4月1日に社長になる!」

と初めて「夢に日付を」入れ、これまでやってきたそうです。


夢に日付を…

なんて発想したこともなかった。


夢に日付をいれてたら、

叶えられたこと叶えられたのかしら。


いつも夢ばかり見てきました。


まだ時間がある、まだ大丈夫だろう、

と惰性を入り混ぜ生きてきました。

うまくいかないことをそのまま放置し続け、

身に感じている焦燥感も、

努力することも、

目の前に答えがあっても、


無視してきました。


目に入れたあと、対策するのが

面倒くさかった。


そして、自分の無力さも認めるのがイヤだった。

表面では諦めてても

心のどこかで、まだ大丈夫だ、まだいける、

と思っていたから。

本当にダメになるかもしれない、と目にするのがイヤだった。


夢を夢のままにしてましたなぁ。


夢に日付を入れてたら

何か変わってたのかな。


目の前にある現実を受け止め、

それに対応すべく術を考え、

それを行動に移していたら、

人間的にも今より自分を高められてたかもしれない。


まだ遅くはないよな…

日付、入れてみようか



知る順番

論文を書く資料のために、
「児童虐待」の本を探す。
痛いです。痛いです。
心臓の動きが変です
心臓に悪いです。
手に汗です。
検索している間に、お手上げになりそうです。

今までこの手の本や新聞記事などはまあまあ読んできた。
だけどだけど、いっぱいありすぎて痛いんじゃー!!
最近はよりこの手の本が発行されている。
キリがないほど、この世の中におこっているということだ。
年金とか、不景気とか、郵政民営化とか
そんなん問題にする前に、目にしなくちゃいけないことが
沢山あるんじゃー!!
子供がどんどん殺されてんよ
傷ついた子供が沢山おるんよ
毎日お尻に親からタバコ押し付けられたり
雪の中に裸で埋められて、その姿を写真に撮る両親がいたり
熱湯かけられたり
ダンボールの中に放置されたり

今でも死にそうに泣いてる子がいるかもしれない


気が狂いそう

恐ろしくて目に耳にしたくないけど
この世の中には
目にしなくちゃいけない、耳にしなくちゃいけないことが
たくさんある。
何もできないけど、知らなくちゃいけないことだ。

バカヤロー

たどり着く

いつか、ブログ・ブログ・やろう・やろう、と思い

過ぎ行く月日半年くらい。

やっとここまでたどり着きました。

今キーボードを叩いている自分の手も、心なしか緊張気味。

ひとつひとつキーボードを押すたび、(ワオ!キャッキャ)なんて言ってる。

初めてパソコンを触ったときみたい☆

忍者が歩く時みたい☆

初めての恋みたい☆

お母さんっていいにおい☆

冷やし中華始めました☆


最近読んだ本で、

『 「自分の考えを素直に書け」ではなく

「書くことによって自分の考えを作り出せ」 』

という節があった。

すなわち

「書く行為=考えること」

ということらしい。

この本は小論文について書かれた本であった。


文章を書く、文章で遊ぶことによってこれまでにない自分が発見できるかもしれない。

これまで、これが自分だ、と思っていたことが覆るかもしれない。

言葉という粘土を使い、いろいろ形を試みることで表現の幅が出る。

それにより感情が豊かになり、自分の幅も広がる。

文章を書く、ということは未知の自分を求めて、自分を開拓する冒険でもある。

…要約するとだいたいこんな感じだろうか…。

 その本の内容は非常に興味深かった。


私は今まで、ブログは

有名人、著名人がやるものだと思っておった。

そういう人達がやってこそブログの意味があるのじゃないかと思ってた。

一般人が日記等自己公開してもな…と。

なので、レッツ行進ー!をせずにいつも足踏み足踏み。

そんな状態でした。


しかし、色々とブログ巡りをしていて、考えが変わってきた。

自分の日記だけとは違う、

読み手がいる(かもしれない)日記。でも、自分の日記。

何かしらの新しい発見があるかもしれないと思った。


なので始めてみることにした。(単純)


地道にやって行きたいと思っております。