目の前に堂々と立ち塞がる不条理な道徳 -353ページ目

けーく

どうしよう

ものすごくるう゛ぃえのライブにいきたい。
るう゛ぃえしか聞いてない
Daisyとripperとパラダイスロストね。
こーゆー感じがすき
プラのライブも行きたい
あの世界観を味わいたいわー

誰か一緒に行って下さい(結構本気)

すごく

好きな文章を書く人がいる
プロとかじゃなくて、明らかに趣味なんだけど
言い回しとか、言葉のボキャブラリー、語彙が豊富。
表現の引き出しがいっぱいある。
恋愛小説なんて小学校時代に読んでたティーンズハート文庫(知ってる人いるのかね)以来読んだ記憶ないくらい読まないんだけど、その人の作品は読み返してる。
今日も読んでたらこんな時間。


なんだろうな、自分は思考するためにエンジンがかかるのに時間がかかりすぎる。
ちょっと内面的精神的な文章を読解したり、自分なりの納得のいく思考のプロセスを組み立てるのに時間が掛かる。
とても近しい人なら知ってると思うけど、自分はコーヒーショップがすき。
3、4時間くらいなら普通に居座る
何してるのかよく聞かれるけど、本を読んでるときもあれば何もしてないときもある。
何もしてないてゆうのは思考する時間で、特に何か一つについて考えるわけじゃなく漠然と問い掛けと事象が並べられた状態を客観的に見る時間とゆーか。
その中では学業についてとか将来の不安とかばんぎゃる的ないようとか音楽とか付き合いとか今何が食べたいとか好きな人のこととかファッションとか感情とかごっちゃになる。

どれもそんなに重要じゃないけど。
ただそれらの一辺をひっかけて思考するのが自分にとってとても大切な時間なわけで、答えどころか問題や悩みすら曖昧。
最近気付いたんだけど、自分が意識的にコーヒーショップに出向くのは、焦りとか苛々とか、機嫌が良くないときに多い。
人に会ったときに若干表情を隠せない、そっけなくなるとかそんな程度なんだけど、だから自分にはこの時間と空間がすごく大切。

人間は、自分のためにしか涙を流せないんだって
肉親がなくなったときでさえ、そんな自分を哀れんで涙を流すいきものだって

どっかでの本でむかし見かけた文章。
その通りだとは思いたくないけれど、にんげんほど自己中心的ないきものはきっといないよね

そういう意味では自分はとても人間らしいと思うよ