ふ-みんさんが亡くなってしまって、3日間泣き疲れてしまい心が病んでしまいそうなので

昨日から父親の家に行って参りました。

そうしましたら、奇跡が・・・昨日朝寝ている間に3回の無言電話がふ-みんさんから来ました。

初めは悪戯か嫌がらせだろうと思って居ましたが・・・・

夜にまた電話が来たので、今度は出てみました。

そうしたら、本当にふ-みんさんからの電話でした。

けんさん!ありがとう!ありがとう!と懐かしい声が聞こえました。

嬉しくて嬉しくて~涙で声が詰まってしまって、答える言葉も感謝の言葉も言えなく成ってしまいました。

ふ-みんさんが僕との約束を守ってくれたんだと思うと嬉しくて!嬉しくて!

涙が止まらなくて・・・

何も言葉が出ない僕の事を解ってくれたのか、いいのよ!何も言わなくても解っているから!

と言うと、電話が切れました。

夢かと思ったのですが、着信履歴が残って居ました。

きっとお別れの挨拶に電話して来てくれたんだな~と思いました。

ふ-みんさん、本当にありがとう!!


**その後ふ-みんさんは、1月11日に無事に天国へ旅立たれました。**

1年後にまた来て下さいね!待ってるからね~











































































家のふ-みんさん専用席で笑顔で寛ぐふ-みんさんです。

この笑顔がもう見れない、笑い声も聞けないなんて信じられない!!

いつも帰ると、お帰りなさい~と声をかけてくれたのに、

今は静まりかえっている僕の家・・・

静寂の寂しさに涙が溢れて止まらない・・・


**ここに掲載した写真は全てふ-みんさん本人の意思で掲載しています。お世話に成った多くの方に感謝の気持ちとお別れの挨拶をしたいという本人の意思を尊重して掲載しました。**
僕の人生で一番大切な人が天国に行ってしまいました。

笑顔が似合う大変可愛らしくて素敵な女性でした。

そんな”ふ-みんさん”との馴れ初めは、僕が介護職をしていた時にいらした笑顔が可愛らしい方でした。

背骨を手術されて両下肢が不自由で車椅子の生活をされていました。

その後、僕が転職して”ふ-みんさん”も退院なされてお会いする事が無く成ってしまったのですが

数ヶ月後にまたご縁が有りまして2年くらい介護のお手伝いをする様に成りました。

しかし、入院していた時と印象が違って表情が暗く何かに怯えているように感じました。

数日して驚愕の事実がわかりました。

退院してから娘の家で世話になるように成り、娘が毎日怒鳴りつけていたのです。

”ふ-みんさん”のやる事なすこと全てが気にくわないみたいで、食事が遅いとか、動きがノロいとか全てに怒鳴られて居ました。

そんな”ふ-みんさん”の姿を見ていると可哀想でしかたなく成りました。

また、娘の旦那には夜中に追い出されそうに成ったり、家族に声を掛けても無視されるのは日常茶飯事で酷いときは手であしらわれたそうです。

同じ事を言うと10回目、30回目とか言われて、娘家族にあざ毛笑われたと泣いてました。

言葉の暴力による虐待ではないかと心配していましたら、震災の年の瀬に”ふ-みんさん”から

”助けて~”と電話で救助を求められました。

慌てて行ってみると、ベットから落ち身動き出来ないで居る”ふ-みんさん”のうめき声が聞こえました。

話を詳しく聞くと、娘が腰を痛めて動けない”ふ-みんさん”をそのままにして3時間前に仕事に行ってしまったそうです。

”水も飲めず、トイレにも行けないから携帯電話を探して助けを求めたの”と言ってました。

ありえない、介護放棄と身体的な虐待に愕然としました。

娘の殺意を感じ、このままでは、娘に殺されると思い、”ふ-みんさん”の意思で書き置きを残して僕の家に緊急避難しました。

家に来てから詳しく解ったのですが、腰をかなり痛めて居て全く足に力が入らないで全く立てない状態でした。

僕は、格闘技をしていたので体力には自信が有りましたが、全力で”ふ-みんさん”を抱えないと一歩も動けない状態で、

寝ずに何日も付添って看病・介護して、平日は病院を何ヶ所も巡ってやっと腰骨の圧迫骨折だとわかり

入院することが出来ました。

そして、約5ヶ月で退院出来て車椅子からリハビリを始めて年明けにやっと歩行器で歩けるようにまで回復しました。

痛みも和らぎ元気に成ると”ふ-みんさん”は旅行と美味しい物が大好きなので、色々な所に一緒に出かけました。

一番遠くに行って印象深いのは、ふ-みんさんが”初めていくの!!”と大喜びしてくれた北海道でした。

自宅から東北道経由で青森からフェリ-で函館に渡り釧路湿原、摩周湖、阿寒湖、屈斜路湖、硫黄岳、札幌、室蘭、有珠山、森、長万部、羊蹄山、駒ヶ岳、大沼、札苅、江差を巡りました。

その時の事は以前のブログで写真を載せて有りますので、ご覧下さい。

暑いぐらいの好天に恵まれて、色んな動物たちにも出逢えて、本当に楽しい思い出と成りました。

あの時、子供のように喜んで居る”ふ-みんさん”の笑顔が今でも目に浮かび涙が出ます。

函館の朝市の海鮮丼やお寿司が美味しくて、つい先日まで”また食べたいね~”と口癖のように言っていました。

僕とのそんな日々を重ねるごとに、”ふ-みんさん”の表情が穏やかで笑顔が溢れるように成りました。

その時は、幸せ過ぎてこの幸せな日々が3年で終わりを告げるとは思ってもみませんでした。

そして昨年のある日悪魔娘が”ふ-みんさん”の寿命を虫食みだしたのです。

1年以上何も連絡が無かった娘から突然、毎日電話が掛かって来るように成りました。

”ふ-みんさん”の表情が日に日に暗く成るのが目に見えて解りました。

娘が子供の頃の恨み辛みを電話してきていると聞いたので、娘にそんな電話は止めて欲しいと言いましたが無視をされてしまって・・・

”ふ-みんさん”に電話に出ない方が良いよ!と言いましたが、

出ないと娘の仕返しが怖いから・・・と悲しそうな表情で答えられて

為す術の無いまま数ヶ月間、嫌がらせの電話が続きました。

そんなある日、僕が仕事から帰って来ると、”ふ-みんさん”が泣き崩れて居ました。

どうしたの?と聞くと、娘が私のこと呆けてるって言うの・・・

デイサ-ビスの所長さんやケアマネ-ジャ-さん、近所の友達や姉妹のみんなが私を呆けてるって言ってるから、私(娘)の言う通りにしなさい!と電話で言われたの・・・

実の親にボケてるだなんて、そんな酷い事を言うのが実の娘だなんて?!と思いました。

まずは、そんなこと言うはずが無いから、嘘だと証明しなくてはと、ケアマネとデイに電話してふ-みんさんに、そんな事は言っていないから作り話だと証明してもらいました。

その後、余りにも目に余る嫌がらせが続きましたので、

所沢の地域包括支援センタ-に虐待相談して、大変親身なご担当の方に”ふ-みんさん”とお話しして頂いたり

ケアマネ-ジャ-と娘と”ふ-みんさん”で三者面談をしましたが、その席でも子供の時に色々指図された事がトラウマに成って居ることや

中学の時にチャ-のコンサ-トに行かしてもらえなかった事を未だに恨んで居て、その仕返しをしてやると言ってました。

その言葉を聞いて娘が正常な精神状態では無いのではと疑いました。

そう言えば、娘の旦那があいつ(娘)は、お婆さん(ふ-みんさん)と話すと言葉が急にきつくなるから変なんだよな~と話して居るのを聞いた事を思い出しました。

また、”ふ-みんさん”から聞いたのですが、50代から娘が”ふ-みんさん”を”お婆さん”と呼んでいるそうです。

僕の常識では、実の親は何歳に成っても父母と呼ぶのが当然ですが、娘は親を敬う気持ちが全く欠如している様です。


話は変わって、”ふ-みんさん”の予てよりの希望で退院して動ける様に成ってから、自宅に帰れるようにして欲しいと言うので、

ゴミ屋敷状態で足の踏み場も無かった自宅を、1年掛かりで住めるように掃除しました。

多量のゴミを清掃局に怒られたので小分けして出したりして、やっとの事で綺麗にしました。

すると、それまで掃除の妨害ばかりしていた娘とその家族が、急に自分の家だと主張し始めて、

”ふ-みんさん”が私の家を取らないで!!と言って居るのを無視して引っ越しの準備を始めてしまい

自宅のある、地域包括支援センターに”ふ-みんさん”と何度も一緒に相談に行きましたが、初老の担当者が全くやる気が無く、逆に虐待をしている娘の味方に成って結局何の手助けもしてくれませんでした。

そんな嫌がらせや娘の身勝手なわがままが、”ふ-みんさん”の心臓に負担を掛けてしまって騒動から一週間で心不全で倒れてしまいました。

そして娘は、”ふ-みんさん”が倒れて意識が無いのを良い事に”ふ-みんさん”の家に引っ越して占拠してしまいました。

その事を後で知った”ふ-みんさん”は、自分の家が無く成ってしまった・・・と、一頻り泣いて居ました。

この時は2週間ほどで退院出来たのですが、自宅の事も有り一週間後にまた倒れて入院してしまいました。

入院すると娘が手続きに来て面会をするのですが、病室に居る幽霊が見えると言い出して”ふ-みんさん”を不安にさせて喜んで居ました。

それから何度か入退院を繰り返して元気に成ったのですが、やはり心のダメ-ジが大分大きかったのと

僕が遠方で仕事するので、ショ-トステイを探したのですが、良い所が無くて、ふ-みんさんが最近大人しく成った娘の所に我慢して行くから早く帰って来てねっ!と言うので、やむなく数日介護を頼んだのですが、それが仇に成ってしまいました。

娘の家から戻って来て2週間後の5月末に呼吸困難になり緊急搬送されまして、病院に着いた時は心肺停止状態で

約2ヶ月間ICUで透析や輸血を受けて、やっと話が出来るまでに回復し一般病棟に移り笑顔が出るように成りました。

しかし病院の都合で8月に都内の病院に転院しましたが、転院早々にトラブルが起きてしまいました。

僕が”ふ-みんさん”に頼まれて預かっている通帳を返せと娘が言って来ました。

僕が頼まれるように成ったのは、以前娘の家に居た時に一月に100万円も”ふ-みんさん”の通帳から不明金が引き出されていて

娘に聞いたのですが、親の金を何に使おうが私の自由だろう!!と言われた事が有り、

”ふ-みんさん”が娘を信用できないと言うので、預かることに成りました。

それもまだ解決していないのに、このまま渡すとまた同じ事に成るのが目に見えてましたので拒否しましたら、

病床の”ふ-みんさん”の前で気が狂った様に騒ぎ出して警察呼ぶからと捨て台詞を言って出てきました。

30分後パトカ-が来て呼び出され、清瀬の警官は虚言癖が有る娘の嘘に騙されていて、僕は犯人扱いされました。

その後、話し合いと称して警官に脇を固められながら娘に一方的に汚い罵声を浴びせられ

あげくには清瀬の警察官が民事不介入の原則を無視して、早く告訴して下さい!と娘に催促してました。

その後、病室に戻ると、”ふ-みんさん”が娘の不甲斐なさを、ごめんね!ごめんね!と泣きながら謝ってくれて、

その姿が可哀想で可哀想で、”ふ-みんさん”と一緒に一頻り泣きました。

その一件から、”ふ-みんさん”の体調が一気に悪く成り、食欲も無く成って、気管が狭くなり、飲み込みが悪く成り、水分を咽せるように成ってしまいました。

しかし、娘は咽せ込みが酷くなって、水分はとろみを着けなくてはならなく成って居る事を看護師に注意されても

無視してジュ-スを飲ませて続けたました。その事も有りICUに逆戻りするまでに悪化してしまいました。

そして”ふ-みんさん”は、2ヶ月後の11月24日の早朝に、この世を去る事に成ってしまいました。

僕は、必ず元気に成ってまた家に戻って来てくれると信じて、ICUに移ってからも毎日欠かさずお見舞いして、

退院が早くなるように、手足や背中と腰をマッサ-ジしてほぐして、スキンケアと整髪や時にはカ-ラ-も巻きました。

しかし、もう病院に行っても、”ふ-みんさん”は居ません。

亡くなったと言う事も24日の夕方に何時ものようにお見舞いに行って、看護師から初めて聞かされて呆然として泣き崩れました。

せめてもの救いは、”ふ-みんさん”が穏やかなお顔で眠るように息を引き取ったと言う事を看護師さんに聞かされた事でした。

(織本病院のみなさん大変お世話に成りました。手厚い看護にふ-みんさん共々感謝しております。ありがとうございました。)

結局、未だに、”ふ-みんさん”の亡くなった事も葬儀の事も娘から何も知らされないのは、

来るな!と言う事だと思いあきらめました。

しかし、精神不安定な娘に変わって親の面倒を4年間見た僕に、平気で恩を仇で返しても飽き足らずに、最後の最後まで嫌がらせをする様な品格しか

50年の人生で得ることが出来なかった、可哀想な人なんだな~と哀れに思います。


”ふ-みんさん”は、今、辛い闘病生活や不自由な足の痛みや不甲斐ない娘の事からやっと解放されて自由に成ったのでしょうね!!

今まで、大変苦労されて来ましたので、天国でゆっくり休んで下さいね!!

そして、僕がそちらに行くときは必ず迎えに来て下さいね!!

今まで、沢山の愛と優しさと笑顔をありがとう!!

僕は、”ふ-みんさん”と出会えて本当に幸せでした。

また何時の日にか、”ふ-みんさん”と再会する事を楽しみにして生きて行こうと思います。

愛するふ-みんさん、どうか安らかにお眠り下さい。


**ここに書かれて居る事は全て事実です。
ふ-みんさんを担当した介護職員、ケアマネ-ジャ-、デイサ-ビスの所長さん、相談した僕の地元の地域包括支援センタ-の方々、入院先の看護師の方々もご存じの事実です。
僕が書いた事は全て嘘偽りが無い事を誓います。
6月の上旬に85年の人生初の北海道に行って来ました。o(〃^▽^〃)o

★空飛ぶ車イス★

初めての青函連絡船は車いすを2人の方にお手伝い頂いて
エスカレ-タ-で客室へ行きました。

エスカレ-タ-が有るのは、津軽海峡フェリ-だけみたいです。

★空飛ぶ車イス★

青森を後にしていざ函館へo(^▽^)o

★空飛ぶ車イス★

船の波しぶきが道に成ってました。

★空飛ぶ車イス★

函館のフェリ-乗り場にあるラブマ-クドキドキ

★空飛ぶ車イス★

観光ガイドより北海道は雄大でした~

★空飛ぶ車イス★

阿寒湖にて音譜

★空飛ぶ車イス★

阿寒湖の小川も緑が綺麗です(^-^)/

★空飛ぶ車イス★

阿寒湖近くの牧場も良い感じ音譜

★空飛ぶ車イス★

霧の摩周湖は快晴でした晴れ

★空飛ぶ車イス★

展望台で記念撮影カメラ

★空飛ぶ車イス★

摩周湖の遠くに有る連峰?綺麗に見えるのはめずらしいんだってチョキ

★空飛ぶ車イス★

まだ、桜山桜が綺麗にさいてました。

★空飛ぶ車イス★

摩周湖の青い湖面に映える山桜桜

★空飛ぶ車イス★


★空飛ぶ車イス★

晴れ陽が沈む屈斜路湖

★空飛ぶ車イス★


★空飛ぶ車イス★

星夕景も綺麗だよキラキラ

★空飛ぶ車イス★

馬北海道だよ~(^∇^)

★空飛ぶ車イス★

つつじの花と大きな蕗の葉

★空飛ぶ車イス★

川湯温泉に有る硫黄山

★空飛ぶ車イス★


★空飛ぶ車イス★

硫黄山駐車場駐車場の接客係は北キツネさんでしたドキドキ

★空飛ぶ車イス★


★空飛ぶ車イス★

牧草のロ-ルケ-キだよ~ケーキ

★空飛ぶ車イス★

釧路湿原の展望台音譜

★空飛ぶ車イス★

駒ヶ岳

★空飛ぶ車イス★

大沼公園の駒ヶ岳

★空飛ぶ車イス★

静狩の浜辺船

★空飛ぶ車イス★

長万部でまんべちゃんとカメラ

★空飛ぶ車イス★


★空飛ぶ車イス★

はまなすコスモス綺麗で可憐な花音譜

★空飛ぶ車イス★


★空飛ぶ車イス★

帰りに寄った種差海岸で子供達が遊んでました。
一緒に遊べたらな~

★空飛ぶ車イス★


★空飛ぶ車イス★

あまちゃんのロケ地です。

★空飛ぶ車イス★

≧(´▽`)≦また、北海道に行けると良いな~音譜

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆

('-^*)/ 今日は良い天気晴れでしたが、すっかり

   もみじ秋めいてオバケ風も冷たく感じました。
☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*☆
★空飛ぶ車イス★

★空飛ぶ車イス★
ブーケ1最近の菊はカラフル (´∀`)
★空飛ぶ車イス★
ブーケ1こんなまん丸も (@_@)
★空飛ぶ車イス★
ドキドキ菊の花園音譜
★空飛ぶ車イス★
秋は大好きな黄色い花秋桜コスモスの季節

特にこの色が好きっドキドキ
★空飛ぶ車イス★
ブーケ2ガ-ベラ
★空飛ぶ車イス★
黄色い花今日も花に囲まれて幸せでした。星