現在、実家暮らしのアラフォー男です。
実家に居れば、
父親との関わりが嫌でも出てくる。
私は、父親と顔を合わせると
嫌悪感が内側から湧き出すような感覚がある。
色々、学んでみても、
一時的に優しくしようとしても、
長くは続かず。
嫌悪感、憎悪のような
感覚が湧いてくる。
父親の
声も嫌いだし、
存在そのもの嫌い
喋り方も嫌い
考え方も嫌い
そんなことが常だった。
風呂に入っていて、
急に親父の至らぬとこに
意識がいったり、
本人が目の前にいなくて
嫌悪感を感じることが度々あった。
私は、誰かを嫌うのがダメだとも全く思ってない。
でも、嫌悪感と憎悪に自分の意識が
囚われてしまうことが嫌だった。
昔も今もですが、
父親は、私が小さい時に、
母親と家で買ってる猫に暴力を振るっていた。
母親に対して理不尽な罵声は日常。
掃除機で母親を殴ったり(姉に聞いた)
実際には見てはいない。
ビデオテープを母親に投げつけ、
頭部から出血し病院に運ばれたり。
薄っすら、
慌ただしい兄弟の動向を覚えてる程度。
あとは、
好き勝手に嫌なことを平気でする人間でした。
注意すると逆ギレするようなクズだった。
子どもながらに薄っすらと
なんでこんなゴミみたいな人間と一緒になったのだろう。
なぜ、逃げないのだろ。
なぜ、離婚しないのだろう。
離婚しないの?
と、聞いたこともあった。
家で飼っていた、
猫に対しても犬に対しても、
蹴り飛ばしたり、叩いたりと同じ感情を持った
人間とは到底思えない行動をしていた。
人前では良い人の顔をして
そんな父親も気持ちが悪かった。
憎悪を感じていた。
そして、
父親への嫌悪感は大人になっても
全くなくならず、恨みに似た感情も湧き上がってきた。
こんなやつ
さっさと死ねばいいのに。
と、心の中で思っていた。
仮に死んだとして、
葬式での親族の挨拶も考えてた、
こいつがどんなにクソだったかを
皆に分からせたい。
そんな気持ちも湧いていた。
しかし、父親へのアプローチで
じぶんの中の憎悪が軽くなることはなかった。
約20年近くコーチング、心理学など
色々と試したが憎悪や嫌悪感は無くならなかった。
そして、
今日も父親に対する憎悪と嫌悪感を
感じていて、
なんだろう、この凄まじ良い怒りは?
なんでそこまで、
怒りが吹き出して来るのかが、知りたくて、
グーグルで検索していたところ、
ナリ心理学のナリさんの記事が目に入った、
父親は人生にあまり影響を与えない。母親との関係です。
そういった内容の記事だった。
そうなのかな?
父親はこんなにクズなのに
と一瞬、疑問を感じた。
なぜなら、ずっと父親に嫌悪感や憎悪の念を
感じていたからだ。
しかし、許せなかったのは、
母親だったことに気がついた。
現在の母親との関係性は
喧嘩もしなければ、
争いごともない。
ただ、話しにくいな。
なんとなく気を使っている感じは
自分でも分かる。
本音は言えない。
本音は言わない。
なぜなら、思ってることを
書き出してみた。
私は、母親にどう思っているのか?
■なんであんなクソ男と結婚したのか
■弱い
■度胸がない
■粗末にされて可哀想
■馬鹿だな
■あんなゴミに暴力を振るわれて情けない
■逃げればいいのに
■あんなやつに良いようにされて情けない
■気が弱い
■自立できない人なんだな
■自信がなくていつも怖がっている
■良いようにされて惨め
■可哀想
■かわいそうな人
■弱い
■クズ男に依存してキモい
■惨めな人生
■バカにされて良いのかよ
■祖母に嫌なことされて何も言わない
■この老害二人を始末しろよ
■逃げ出せ
私は、そう思ってた。
私の中から母親に対するものが
次々と湧き上がってきた。
・弱いから俺が守らなきゃ。
・いじめられないように見張っておかなきゃ。
そんな言葉も自分の中から
湧き上がってきた。
母親に思っていることは、
全て「自分の人生に反映」されているのだと、
痛感した。
私の人生は、
社会的にうまくいかず、
人間関係も良くなく。
もちろん、金銭的にも困ったり、
結構、ぐしゃぐしゃな人生だった。
何をするにも自信がなく、
何かを出来ても自信がなく、
人間関係に怯え、
惨めな思いもしてきた。
だから、誰かに守られたくて、
女性に依存したり、
攻撃されないように、
自分ができることを増やしてきた。
マウントを取れるように。
そして、
攻撃的になることもとても多い。
そんなことを繰り返す人生でした。
この、母親に対する自分の中の
本音をだすと心がスーッとする感覚がした。
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母親に対して、
心の奥底で思っていたことは、
自分の人生にダイレクトに反映していた。
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こんな、
しょうもない母親から産まれた自分
こんな母親から育てられた自分。
だから、
じぶんも「しょうもない。」
心の奥底ではいつもそう思いながら、
表面では、あの手この手で
防御してきたのだと思う。
母親からの影響が大きいことも、
身体の感覚を通して理解する事ができた。
社会、世間、世界に対する不信感は、
母親に対する不信感と、
そんな母親から産まれた
自分に対する不信感だった。
本当は、どうして欲しかったのか?
・離婚して欲しかった
・強くあってほしかった
・こんなクズ男とは離れてほしかった
・もっと、自分を大事にしてほしかった
・いじめられたら倍返しで懲らしめてほしかった
・逃げてほしかった
・ゴミの祖母と父親に逆らって欲しかった
・ゴミを始末してほしかった
今、思いついたのは
このような言葉です。
本当に私は母親への影響を強く受け、
自分の人生を創ってきたのだと腑に落ちた。
母親との関係と言うか、
母親に対する「本音」は自分に対する本音でした。
これからの人生が少しだけ楽しみです。
私は、信頼したいです。
自分、社会、世界を安心して身を委ねれる
場所にしたいと思う。