だいぶ久しぶりの投稿ですニコニコ

不妊治療をやめた生活にもだいぶ慣れてきましたにっこり


その後の私ですが、前回は排卵したかどうか分からないとお伝えしましたが、その後予定日あたりにしっかり生理がきたので、妊娠はできなかったけどよく分からない状態にならなくてひとまずよかったですニコ


そして、今周期も排卵検査薬でタイミングをとり結果待ちですが、今回は排卵検査薬、ちゃんとくっきり陽性になったんだよなぁうーん

前回はなんだったんだろうかえー?


そして、今回もタイミングはとってるけど、少し気持ちの変化がありました。


ちょっとネガティブな話になりますショボーン


先日、ある人の知り合いの方が、43歳で出産したけどお子さんはダウン症だったという話を聞きました。


そのご夫婦はNIPTなどは受けず、どんな子でも出産すると決めていたようです。


ただ、生まれてからはやはり大変で、子どもが体調を崩すことが多く、仕事を休まないといけないことが増え、想像以上に苦労しているという話を聞きました。


また、同じくある人の知り合いで、5人の子どものうち、40歳以降に出産した3人の子ども全員に知的障害やことばの遅れがあるという話も聞きました。


その際、一緒に話を聞いていた子持ちの人が「卵子の劣化だよね」と言っているのを聞き、心にズシンと来ました。。


やっぱり高齢での障害児のリスクは高いこと、障害児が産まれたらやっぱり「高齢による卵子の劣化」と思われること、そして、もっと若い頃に産んでいれば出会えただろう子どもにはもう会えない可能性が高いことを改めて感じました。


言い方が難しいのですが、おそらく高齢という要因が加わったことで、思い描いていた「何の障害もない健康な子」という子どもに出会える確率はかなり低くなっていると思います。


頭では分かっていたけど、改めてそう実感した時、うまく言えないのですが、妊娠してもしなくても「会いたかった人にはもう一生会えない」というような喪失感を感じました。


私は私の人生でそのチャンスを逃してしまったんだなと実感しました。


もっと早く妊活を始められていたら出会えたかもしれない子には、仮に妊娠してももう会えない可能性が高い。。


そう思ったら、なんだか無償に悲しくなりました。


仮にもし妊娠できたとしても、何らかの障害をもって生まれてきたら、その子に対しても「もっと早く産んであげられてたら」と申し訳なさを感じるんだろうな。。

周りからも「やっぱりねぇ」と思われるんだろうな。


自分は「どんな子でも」と思っていても、その子の人生を生きていくのはその子だから、その子自身にも負担や苦労をかけてしまうことを考えると、その責任を考えると少し怖くなります。


たまに思うのが、不妊治療のクリニックは妊娠の手伝いをしてくれるだけで、当然ながら障害児が生まれるリスクまでは考慮していません。


「高齢でも妊娠できる=健康な子が生まれる」ではないし、クリニックからしてみたら「妊娠・出産」は目指すけど、障害の有無については自己責任てことですよね。


もちろん高齢の人がみんな障害児を産むわけではないけど、リスクが高いのは確かなわけであって。。

高齢で出産されてる方のニュースはあっても、その子どもの障害の有無までは分からないし。


生殖能力に関しては、努力ではどうにもならないのがもどかしいですね。 

「頑張ればいつかなんとか!」ということはなく、閉経してしまえば永遠に失われます。


そんなことを考えていたら、やっぱりもう頑張らなくていいのかなと思うようになってきました。


なんとなく、出産は頑張っても43歳までかなと思っていました。

来月以降になると、妊娠できたとしても出産は44歳になると思うと、妊活自体が本当に潮時かなぁとも思っています。


まだこんなことを考えているということは、まだふんぎりはついてないんだなとも思います。

微かに奇跡を信じたい自分もいるけど、厳しい現実も受け止めないとなと思いつつ、やっぱりつらいなと感じています悲しい


立て続けにそんな話を聞いたので、なんだか現実を突きつけられたような気がして凹みました。。

やっぱりいろんな覚悟が必要だなぁ。


これまでの人生で何度か神頼みをしてきたけど、やっぱり妊娠・出産にとっておけばよかったなぁ…


なんて考えたりもします泣くうさぎ