NYUMBA ya SANAA
Amebaでブログを始めよう!

女子にはついてるのに…

女の子にはついてるのに、僕には…


昨日、嫁と息子(五か月)と遠出した帰りのこと。高速のSAに立ち寄った。嫁は授乳、こちらは喫煙。いずれも終わってトイレに行ってビックリ!



女子トイレの看板には「for Women and children」しかし男子トイレには「for Men」だけ。



おれは息子と連れションしたらあかんの?


そんなことより。男子トイレにはオムツかえる台がないんです。これっていかが?



確かにわれわれが子供のころはなくて当たり前だった。でもこの御時世ねえ。シングルファザーどうするの?



ちょっとネクスコ中日本!考えたほうがいいのでは?

八日目の蝉

直木賞作家の角田光代著「八日目の蝉」について。



八日目の蝉


昨日の夜、目に涙を浮かべながら読み終え、今朝になってもいまだに引きずっている。余韻が体にまとわり付く。3月20日、昼と夜の時間が同じとされる年2回の休日は、最初の数ページを読み始めた段階で、過ごし方が決まった。一日をこの本に捧げた。



切ない。本当に切ない。女児誘拐犯が、誘拐された少女が、少女の両親が、妹が、登場するすべての人物が、皆、切ない。



女児誘拐という大罪の犯罪者に共感していいのか?冒頭から常にそんな疑問が付きまとう。しかし、彼女の複雑な「母親」としての母性には共感せざるを得ない。もどかしくも彼女の少女への愛情は圧倒的だ。



少女に非はない。いや、だれに非があるとかでは語りきれない。もしくわ少女以外にすべてに非があるのかもしれない。大人たちの身勝手で授かる子、奪われる胎児の命。「すべての子供は望まれて生まれてこなければならない」。何かのNGOが標榜するスローガンを思い出す。



「家族とは何か」。語られ古したテーマもこの本には存在する。ただ、語られ尽くしていないテーマでもある。この本から読み取れるのは「家族は何かのものを介して存在するわけではない」ということ。そこに愛だとか血縁だとかは関係ない。母は母。好きとか嫌いとかではなくそうなのだ。



八日目の蝉とはよく言ったものだ。読んでいない方のために意味は控える。見なくてもいいものを見なければならない辛さ。もしかしたら誰しもがいつかは八日目の蝉になるのかもしれない。それがいつなのか。大きなことか小さなことか。



あまりにも考えさせられることが多い。ぜひ一度読んで頂きたい。

エンゲージリング

北陸のある街で二年ほどくらしたことがあった。夏は蒸し暑くて冬は一面の銀世界。過ごしやすいとはいえない街だったが馬鹿な子ほどかわいい。時々無性に帰りたくなったりする。



富山では仕事もしたが、よく飲んだ。年の近い仲間がたくさんできた。そのうちの一人がいま神戸にすんでいる。昨日、数ヶ月ぶりにキタで再開し、酒を酌み交わした。



年末に結婚するのだという。数年前から付き合っていた年上の女性だ。きれいな人、なにがきれいかって年齢の重ね方が。彼女に贈られるエンゲージリングはかなり高価なものらしい。



「だいぶ待たせたしな」。結婚なんかするかとうそぶいていた友人が少し落ち着いた様子で呟いた。幸せなやつだ。


酒がうまかった。