かめりあのぶろぐにようこそ

ゆっくりしていってくださいませ('ω')ノ🌺

 

 

「融けた人」には世の中を自分なりに上手く咀嚼し、消化することができたような空気をまとっているような気がする。

もちろん本人も穏やかな人生ばかりだけではない。

話を聞いてみると、笑って話すには度が過ぎることもある。

今だから、笑って話せるのだという。

彼ら、彼女らの、その社会の容赦ない流れ、理不尽に融けた雰囲気が好きなのだ。

 

 

例えば、この写真のキュートなおばあ・・・( ´∀` )

 

沖縄で自給自足のおばあちゃんがシティーガールに!? 「蜜です ...

(写真お借りしました)

 

チャンネルはこちらです

https://www.youtube.com/user/hir0hirohir0/videos

 

「南の島のおばーと孫」というYouTubeチャンネルの、名前の通り沖縄在住のおばーである。

チャンネルの中には凄惨な戦争体験、戦後にお店を出し、家族を支え続けたという人生が語られる動画があった。

今でこそあの時はああだったと笑って話せる、あの大らかさが、憧れる。

 

それを「丸くなった」と表現することができるかもしれない。

しかし、どうやって丸くなったのだろう。

①角がそもそもある人物で、ゴリゴリと反抗するが削られたのだろうか・・・?

②はたまた最初からすんなりはんなりしていた人物で、多少のことは持ち前の受け流しでかわしてきたのだろうか・・・?

(私の祖母は②で、自分が苦労したことを、そんなこともあったっけな?キャハ(笑)という感じでよく話す)

人の性格によるところも多きい。

そして、また違うパターンもあるだろう。

 

しかし②の受け流しおばあちゃんは、記憶がないとは言わないが、底知れぬ何かを感じるのである。

隣にいる肉親の私でさえ知ることもできない、過去の経験の匂いを。

それはふと、子や孫の前で姿を現すから、少しだけ両手で仰ぎたくなる。

(なんだかご利益がありそうだから・・・(笑))

 

いつ現れるか分からない、昔の祖母。

過去と現実を、形もなくうろうろしていて曖昧だ。

 

だから、「丸くなった」という手垢にまみれた言葉よりも、

まるで氷がとけだす瞬間の、「融けた」という言葉を使いたい。