こんにちは。
生憎の雨ですが、嫌いじゃないです。
まだコロナ療養中のため、とくに何かをするわけでもなく、ただただ外を眺めたり、転がったり、携帯みたり、そんな感じです。
何か新しい世界の匂いがふんわりと漂うその横で、罪悪感に苛まれながらベッドに転がる私。
罪悪感だって。
いったい誰へのだろうか。
今この瞬間も身を粉にして働く労働者に対してだろうか?
それとも一人で子育てをしながら働きづめのシングルマザーへだろうか?
私はいったい誰に認めてもらいたいのだろうか?
頭の何処かで、こんな自分は到底レベルが低く、だれよりも頑張っていないし、だからといってやる気が出る訳でもなく、動き出すことさえも億劫になっている。あーごめんなさいごめんなさいと言わんばかりに誰かに認められたくて部屋の隅に丸まっている。いや、頭の隅か。
これらの正体がなんなのかというと、それは幼少期から深く根付く「迷惑をかけないように生きる」だとか「苦しみの分だけ喜びが」だとか「いい女とは、いい嫁とは、いい母とは?」これらの忌々しい方程式だ。
誰がなんのために、こんなに囲い込むような式を頭にうめこんだのだろう。
マイクロチップにもにた、なんとも機械的で歪んだ発想だ。
そして厄介なことに、この方程式はそう簡単に消えてくれるものではない。すでに取り外すのが難しくなるくらい、私達は張橋されている。
しかし、絶対的に取り除いたほうがいい。
それはだれでもない自分のためだ。
なぜ取り除くべきかというと、制御された範囲にもうすでに行き場がないことを悟りつつあるからだ。
私達は気づき出した。
この世界が意図的に埋め込まれたチップのせいでひどく難しくみえているんじゃないかということに。
だとしたら、このチップを物理的に取り出して壊してしまうか、あるいは埋め込まれた方程式を組み換えるか、どちらにしてもこのままではどうにもいられない。
私がここに赤裸々に書くのは自分の思考の方程式、潜在意識に組み込まれたブロックを見つけて書き換えるためだ。
そのため、ネガティブに思うことも綴っている。
思考のブロックを見つけては、書き換える。
その繰り返しで、このやり方はとても理にかなっていると思う。
要は頭の中の話なのだ。
目に見えているのは観念が見せる世界であってコアは中にある。
コアを変えれば、見える現実が変わる。
頭でわかっているから、素直に書き換える。
いつ終わるかわからないが、そんなことでもやっぱり、、、って恐れがなくなるまでやり続ける。
自分と向き合うのは、意外とエネルギーを消耗する。だからこそ、今こそ罪悪感というブロックを書き換えて、頭の中激甘でいる必要がある。
これは命令でる。
顕在意識から潜在意識への。
いいよー、がんばってるよー
転がってていいよー
なにしてもオールオッケーよー🙆🏼♀️💯
生きてるだけで👍
P.✌️