今日は、
私がなぜレイキに出逢い、
習得しようとしたかの経緯を書こうと思います。
私事なので、
興味のない方はスルーしてくださいね
いつもありがとうございます
私は5人家族で、
父と母、兄と弟がいました。
今は、
家族とは全く疎遠で(生きてはいますが)何年も会っていません。
私の中では「家族」と呼べるような
愛のある人は誰もいませんし、
この両親からは、すぐにでも逃げなければいけない状態でした。
私は小さい頃は、
ごく普通の家庭だったと思いますが、
年々、父はギャンブル好きがエスカレートし、
父は稼いだお金を家庭に入れず、
もちろん家庭を省みる人ではなく、
数日帰宅せずに遊び歩く人でした。
お金がなくなると、
借金してまでもギャンブルをして家に帰ってきませんでした。
ギャンブルをしたい為にしょっちゅう嘘をつくようになり、
悪いのは人のせいにし、
家族みんなを傷つけ、
母や家族に暴力を振るうようになりました。
暴力も物凄かったんですが、
それにも増して暴言の方がもっと酷かったのです。
心の傷は目に見えないだけに、
家族はみんなズタズタに傷つき泣いていました。
私も毎日泣いていました。
誰も家にいないときは、
父は母への嫌がらせのように家中の物を荒らし、
まるで泥棒が入ったかのように
タンスの洋服もめちゃくちゃにされていたり、
朝は早朝から夫婦喧嘩で始まり、
茶碗が割れる音で「ビクッ」として恐怖に震えながら目が覚める日々でした。
私も精神的に参っていました。
父は親の愛に飢えていて
とても傷ついた経験があり、
負の感情が強く、
そのため、
似たような邪気?低級霊?悪霊?がすっぽり入っていたと思います。
父の人格ではないことも多々ありました。
家に灯油をまかれ、
火をつけられそうになった時もあります。
殺されそうになったことも何度もあります。
そんな状況で、
家族は身を守るため、
それぞれバラバラに身を隠して逃げた時もありました。
父とか、人間とか、そういう存在ではなくて、
もう今にも殺されそうでした。
父が暴力を振るうときは人格まで変わり、
顔つき、目つきがすっぽり違う誰かが入っていました。
母は専業主婦でしたが、
兄、私、弟を育てるために当時は必死で守ってくれました。
そんな母の口癖は、
「苦労すれば必ず報われる」
昔ながらの人で、
苦労すること、我慢することが美徳で、
苦労すればするほど幸せを手に入れることが出来る
と勝手に思い込んでいた人でした。
でも、
宇宙は私たちに「感情」で人生の方向性が判るようにしてくれています。
辛い、苦しい、暴力、いじめ、など
そんないばらの道の先に「しあわせ」など待っているはずがありません。
そもそもの方向性が間違っているのです。
苦労した人が、その後幸せになったなど聞いたことありませんよね。
「しあわせ」への道には、
そちらに向いた時点で
「楽しい、ワクワクする、嬉しい」という感情が湧くものです。
楽しい、ワクワクする先には、
幸せも待っています。
そんなことに気づいたのは、
私もごく最近です。
母は自分の考えが絶対的で、
それはもう親という権力を振るい、
悪魔のように押し付ける人でした。
「苦労しなければ幸せは来ない、なってはいけない」
「お前だけ幸せになるなんて許せない」
「不幸こそが、苦労することこそが人間が幸せになるただ一つの道なんだ」
と。
母は、
「幸せ=楽(らく)」と勘違いしていて、
「このやろう。楽(らく)しやがって!お前なんて◯◯…!」
と言うんです。
ちょっと強い邪気が憑いてますね
そして、母は父にいじめられてきた分を
今度は娘である私に、
同じように憂さ晴らしを始めました。
負のスパイラルです。
我慢からは「恨み」しか生まれません。
母は、両親から満足した愛情をもらえず、
旦那(私の父)も未熟な魂で母の心を癒すことは出来ず、
自分(母)の両親と、私の父から受けた暴言を
今度は私にそのままぶつけました。
弱い人間のすることですよね。
その頃から、母はある瞬間、
ほんの一瞬で、
別人格に豹変することが多くなりました。
母は父を恨むあまり、
私が小さかった頃の優しかった母ではなく、
母にもすっぽり邪気?悪霊?に憑依されているのが私にもわかる位でした。
そんな時って、
「声」から全然違うんですよね。
男性の声と口調に変わるんです。
(男性の悪霊に憑依されていたのかもしれません)
兄は大学は北海道へ、
社会人になってからも遠く県外に居ましたし
父の暴力や母がおかしくなったのを一番側で泣きながら体験して見てきたのは私で、
兄弟は何も頼りになりませんでした。
お互いをけなし合う夫婦、
そんなのを毎日見らざるを得なかった私は、
結婚願望なんてもちろん全く湧きません。
何が楽しいの?面白いの?
としか思えませんでした。
(もちろん友達や他人には祝福できますよ。
ただ、自分はもう懲り懲りでした。)
母は手っ取り早く、
八つ当たり出来る(と思っている)娘の私を
とにかく憂さ晴らしにいじめるようになり、
ストーカー状態でした。
2~3分おきにメールをしては、
「このやろう」
「○○してやる」
などとメールが来ました。
(すみません
もうおかしいでしょう笑
)
この世は3次元という物質世界でありながら、
それぞれ人は別の周波数、波動を持って別の次元を生きているので、
両親の生きている次元の低さに、「エンパス体質」の私が引きずり降ろされて辛い毎日でした。
母は早朝、深夜かまわず私のアパートのドアを叩き、
荒れ狂い、
開けなければ「開けろ~!!」
とぶちキレて、
ドンドンドンと物凄い勢いでドアを叩き、
人間ではなく悪霊と対面して闘っているような、
本当に恐ろしい思いをしました。
近所中に聞こえていて
私は赤っ恥な思いをしました。
もう私はその時期、
鬱状態になりました。
兄弟も全く頼りにならないし、
まして幸せで悩みのない友達は、
こんな気持ちなど理解できるわけもありません。
一人で抱え悲しみ悩み、
鬱状態で車の事故を起こしたこともありました。
こんな両親の元に生まれて、
「どうして自分だけが…」
「私なんか死んだ方がマシだ」
そう何度も思いました。
私は自分の身を守るために、逃げることにしました。
私は、私であることを守るために、
自分の生活を守るために、
私は自分を愛するために、
親の犠牲になるのをやめよう!
負の連鎖は、ここでストップしよう!
陰湿ないじめをする母にはもう会わない!
結婚もしないし、子どもも生まない。
(母がいじめるのが目に見えていたので)
虐待する連鎖の家系は私の代でストップする。
私は一人で生きていく
そう決めました。
私は傷つけられた言葉の数だけ、
人を喜ばせる言葉を考える人になる
人がどうしたら癒されるのか本気で考え、
そのお手伝いをする人になる
疲れて傷ついている人に
私は心から癒しを届けたい
私は明るく生きていく
私は自分の好きなことをして使命を生きる。
悪魔とは縁を切る
悪魔の奴隷にはならない。
悪意に勝つ唯一の方法は、
悪意を浄化して、善意に変えて、
世の中に還元すること。
それが私らしく生きる道。
そして、
今から13年位前に
地元で受けた「ヒーリング」という不思議なものが忘れられず、
「いつか私もあんな不思議な能力を使える人になりたい」
「負のことではなく、良いことを引き寄せたい」
「みんなが幸せで笑っている環境に、自分も居たい。」
「私のように傷ついた人を癒したい。」
「仕事で疲れた人を癒したい」
と思いました。
そして、親の愛に恵まれず
傷ついた寂しい者同士が結婚してしまった私の両親、
心の傷の分、
お互いに傷つけ合い、
暴力や身勝手な行動で家族を傷つけてきた父、
そんな両親を見て、
「あの時、ヒーリングしてあげていたら…どんなに両親の傷が癒されていただろう」
と思いました。
本当はあの時の過去に遡って
両親にヒーリングをしてあげたいんです。
神様は、
私たちに「しあわせ」をそのままくれたりはしません。
「しあわせ」に変えられるものを与えてくれます。
それは「不幸」や「苦労」という形でやってくることが多いそうです。
親の暴言、暴力、いじめ、コントロール、プログラミングにより、私はもがき苦しみ、
そして、
レイキに出逢うことが出来ました。
あの時、レイキやヒーリングに出逢えなかったのは、
自分がもがき苦しまないと、
人は何かを本気で探そうとしないため。
しあわせな状態なら
ヒーリングなんて辿り着かないかもしれません。
当時は手探りでいろいろな物を探しました。
自分に合わないものは取り入れませんでしたが、
とても効果のあったものは、
「改名」と「靈氣(レイキ)」でした。
レイキや姓名判断に出逢う前の若い頃に、
40万もする開運印鑑を買ったこともありましたが、
私には全く何も効果がありませんでした。
印鑑屋さんの商売だったと後悔しました。
本当にもがき苦しんだからこそ、
いろいろなものを試し、
本当に効果のあるものが分かる。
私はそれを人に伝えて広めていく。
と誓いました。
…つづく(笑)。
ちょっと気分を悪くした方はごめんなさい。
この続きは暗い話ではないので、
今日はここまでです(笑)
お読み下さり、ありがとうございます。
感謝。
ではでは~