しまくってましたね…
もう自分のズボラさが出てきて嫌気がさしますが、それでも続けます。
一応、読破したものの感想は手書きでノートに書き留めてはいるので。
ちなみに未だ大学の授業は終わってません。もはや気分です。そうです気分屋なのです。
去年の今ごろ、学部の友達に「猫さんみたい」と言われたのを思い出します(苦笑)
ともあれ、今の状況です。


<詰み>
・しにがみのバラッド。12
・家出のススメ
・青少年のための自殺学入門
・書を捨てよ、町を出よう
・思考の整理学
・空中ブランコ(※インザプール、町長選挙は済)
・津軽
・死にぞこないの青
・ドグラ・マグラ 上下

・親ばなれ、子ばなれ
・哲学の謎
・寝ながら学べる構造主義
・社会調査のウソ(←大学の課題図書)

・小論文を学ぶ

・演劇は道具だ
・14歳からの政治 1、2

・世阿弥芸術論集

・ノルウェイの森英訳版




他にも読んだような読んでないような気がしてやみません。
ただ今、ドグラ・マグラの上巻読んどります。
読書のこと以外に大学の授業で政治学を教養として履修してるのでその時の課題で出されたものを書こうかな、なんて思っております。


”痛みのない記憶なんてない”


 何年ぶりだろうか。きっと3年近くぶりにこの本、通称しにバラ。を読んだ。
記憶が曖昧で、1つ1つ、断片的にしか流れを思い出せてなかった。
一気に10~12巻までを読んだが、いつの間にやら12巻で物語は終わってしまったらしい。そして、久方ぶりなせいか違和感があった。読んでもしっくりこない。今までは短編の集まりであったり、実は数巻後に未来との繋がりがあったり、それでいてしにバラ。の世界観があった。しかし、それが感じ取れなくて思わず著者は焦っているのだろうか、とさえ思ってしまった。
 主人公のモモの身の上話もあったが、それはそれで無くても良く、いつもの「どこか心に響いてくる」流れで終わって欲しかったというのが正直な感想である。味気ない、とも言えるしある意味意外な展開であったとも思える。
 しにバラ。を読んでているといつも、その話の主人公の心の変化や葛藤を見つめることで妙に納得できたり、そうだよな、なんて共感してしまうこともしばしばあった。
 
 1番好きな話を挙げるとすれば、1巻の1番最初だろうか。それが自分とこの本たちの出会いであった。一番共感出来て、一番切なくなった話。

 切なくて、哀しくて、やさしいお話。




考えて書くって結構難しいものですな。
いや、自分が今までそうして生きてこなかったツケみたいなもんなんだろうけど。
とりあえず詰み本が20冊近くになりました。
勉強もしなければならないので2週間に1冊とか半日で一気に読むとかそういう風になるべく消化して行きたいと思います。


<詰み>
・しにがみのバラッド。12
・家出のススメ
・青少年のための自殺学入門
・書を捨てよ、町を出よう
・思考の整理学
・空中ブランコ(※インザプール、町長選挙は済)
・津軽
・死にぞこないの青
・ドグラ・マグラ 上下

・親ばなれ、子ばなれ
・哲学の謎
・寝ながら学べる構造主義
・社会調査のウソ(←大学の課題図書)

・小論文を学ぶ

・演劇は道具だ
・14歳からの政治 1、2

・世阿弥芸術論集

・ノルウェイの森英訳版


こんなもんですかね。
受験勉強を3年も(実質ちゃんと勉強といえるのは2年)やってたのでその間使ってた参考書やらが結構あって2段のカラーボックスを新たに購入しました。このご時世+部屋をあまり家具で占領したくないのでカラーボックスは横置きにしているので前後で入れまくってます。あと段ボール差し込んで無理やり段を作ってみたり。

あとはやっぱり小さくてページ数が少ないノートとペンを持ち歩くことにしました。
なんか傍からみればサラリーマン就活生みたいなんですけどね。


「考えて書く」


これを重きにもうすぐ始まる学生生活に挑もうかと思います。
動けるうちに動く。これもつい最近学んだことです。学んだというか、自分なりに考え付いたことです。
もう21になるのです。いつまでたっても自分は成長してないガキんちょなんですわ。

性格を変えることは難しい、だけど考え方なら誰だっていつだって変えられる。


というわけで、大学の課題の方に入りたいと思います。
課題図書以外は今日中に終わらせることを目標に。そしてやはり自分は統計とか経済経営商学をメインで勉強したくないと思いました。

大地震が起きてから5日くらい経った。
不運にも今、実家の青森に帰省なう。
17日の夜に一度戻るつもりが高速道路も新幹線も死んでいるので戻ることが難しい。
飛行機使えば無理ではないのだけれど、今回の帰省は実家の手伝いのためであるのでなかなかすぐには行動出来そうにない。
皮肉にも実家だから幸せなのかもしれないけれど、巻き込まれる側のことも考えて欲しいところ。
選挙とかどうでもいいし、こんなときに選挙やるなという怒りがふつふつと。

もうどうでもいいやーって気持ちでいっぱいだ。
嫌過ぎてもうどうでもいい。


課題も今住んでるアパートに置いてきてしまったし、読書するか病気でもない父親のために千羽鶴を折るか、の毎日。
ちなみに今回の地震で実家の天井が危うい。

プラスマイナスゼロ。
プラスマイナスゼロ。
プラスマイナスゼロ。
実家の被害はそれくらい。




『大人になるには痛みも必要』
『誰かに声を届けたい』


原作ありきでアニメーション化する作品は多い。また、その逆もたまにありきで。
この作品は後者である。アニメーションをノベライズ化したものだ。
小説とアニメでは全てそっくりそのまま文章化、映像化するのは面白味がない。
以前、友人らとハリー・ポッターシリーズの映画を見に行ったのだが、原作を既に読んでいた友人は
やれあのシーンがない、あのシーンもない、つまらないと不満をこぼしていた。
だが、全てそのまま映像化しないからこそ媒体ごとの面白さがあるのではないだろうか。
そのメディアとして作品を楽しむ。最近の紙媒体からの映像化作品の多くにこう感じてしまう。
原作や既知を払拭し、その目前にあるメディアからの情報を受け取り、自分の想像との違いを噛み締めたり、監督、つまり他者によって解釈は様々あるのだと知らされる。口で自分の頭の中を説明することは自分にとってとても難しい。だから、このような訓練をしている。
いかに、片方だけのメディアを媒介にして伝えたいことを直接的、もしくは間接的に読者や視聴者に訴えられるか。構造まで読み込むというのではなく。構造や映画の裏の意味、伏線がわかってしまうと途中で結末や流れがわかってしまい、つまらなくなってしまう。
自分自身、なんだかんだで演劇を齧ってきたためか、そう読み取ってしまう。まだ映画は単発で終わるが、1シーズンもののアニメやドラマには途中で飽きてしまうのだ。

話を元に戻してみる。
ちなみに自分は先にアニメーションを観た。上でも述べたように、原作から読んでしまうと概念なり情報が既に入ってしまうために映像自体に向き合って観ることが出来ないかもしれないことを恐れたからだ。25分間の短いアニメーション。小説は到底25分間では読み切れない量だった。
そして、小説はアニメでは表現されていなかった描写、心理表現、カットがいくつもあった。
こうして、先に映像化されたものを目にして、次にノベライズ化を手にし、あの時のあのシーンはもっとこういう伏線があったのか、こんなシーンが想定されていたのか、とさらに作品への咀嚼を深めていく。



…うーん。なんだか上手く言語か出来ていない気がする。違和感。でも、今はともかく精進するしかない。


話の内容や中身としては、個人的にSF系は新海作品くらいしか観ることも読むこともないのだが、彼の作品は年頃の中高生が主人公であることが多い。そして、登場人物の成長が必ず描かれている。少し、甘酸っぱいというか、まともな中高生活を送ってこなかった自分としては何だか羨ましさもありつつ、逆に純粋過ぎて、綺麗過ぎて現実感が勝ってしまい「現実、きれいごとにすぎないのではないのだろうか」と思ってしまうこともしばしばあった。
だが、新海作品は映像、特に風景、背景画が美しい。そして音楽も。バイオリンといった弦楽器が中心で作品そのものが美しく、繊細なものに感じられる。こういった効果も彼の作品に魅了される1つの要素なのだと思う。
『ノルウェイの森(上・下)』


 映画化する、ということ、また主演に同郷であり、憧れであり、目標でもある松山ケンイチがなった、
ということで興味が湧いた。ちなみにこれが初めての村上春樹。
だから、なんとも評しがたいけれども、2ページごとにセックスセックスセックス(以下略)…
そういえば、去年出版した作品も立ち読みしてみたけれど同じ様なワードが飛び交う飛び交う。
けれど、文章とか心情風景は綺麗な印象を受けた。原作読んだ後で知人から良い評判を聞かなかったけれど、松ケン観たさに。
 映画では原作では詳しく描写されていなかったワタナベとキズキのやり取りであったり、ワタナベ自身のシーンが多かったと思う。原作を抜きにしてしまえば、綺麗な作品だった。自然がいっぱいで。
 自分自身と重なる部分が所々にあったかな。ワタナベしかり、緑しかり。
当時、他にも映画を観ていたのだけれど、どの作品にも共通するのは「女性の不安定さ」ってのが表現されていたと思う。そして、それを支える夫や男性の心理や行動、表現も。
 他に印象深かったのは、ワタナベが海でおっさんと話してる辺りだとか、レイコさんが上京してきたあたりだとか途中でほろっとしてしまった。何故か、と掘り下げてしまえば、単に自分の想像力云々ではなくて、読んでた当時に色々とあったことを思い出してしまってそうなっただけ。文章の中で何度か自分に突きつけられたから。
 若さ故、大学生活、悩み多き若者。
 傷つけて、傷ついて、そんな繊細な話。
かつて文学部を志望していた文章表現がへたくそな大学生のブログ。
文章を書く、そして思考することを鍛えるために不定期更新でお送りします。
とりあえず日々適当に生きる。



<自己紹介>

名前:要。

出身:ぶるーふぉれすと→もりのみやこ→きゃながわ←なう

職業:大学生

経歴:地元小、中学校
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   私立高校
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   浪人
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   仮面浪人
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   失敗 
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   今に至る。

Twitter:k_pm0