曽根田白塚古墳(そねだしらつか)は、神辺平野に存在する横口式石槨墳の1つです。古墳時代の終末期になると近畿地方の奈良、大阪を中心に横口式石槨と呼ばれる埋葬施設が出現します。代表的なものは極彩色の壁画で著名な高松塚古墳(奈良県明日香村)で主に大和王権に関係した王族や有力な官人層の墓と考えられています。しかし、広島県の南東部に広がる神辺平野には、4基の横口式石槨の他、切石の石室をもつ古墳が4基存在しています。このような様相は中・四国、九州地方には例がなく、この神辺平野周辺がとても特異な地域であることがわかります。前置きはここまでにして、当古墳の行き方を紹介します。
県道158号から小さな谷の道を進むと荒神社の横に支柱看板が見えます。その矢印に従って民家の横の小さな道を進みます。
すると朽ちかけた倒れそうな支柱看板が見えてきます。この支柱看板にも書いてあるよう池の土手を進みます。
するとまた支柱看板が見えてきます。
ここからはやや急な斜面を登ります。冬場は落ち葉が多いため注意しましょう。
10分ほどで古墳に到着。丘陵の頂部からやや低い位置にあります。径9m、高さ2.6mの円墳で、神辺平野の横口式石槨墳では墳丘の残りは良好です。
背後の丘陵を断ち切った痕跡も見られます。
埋葬施設は、長さ6.7m、羨道の長さ4.5m、幅1.8m、高さ1.5m、石槨部は長さ2.2m、幅1.2m、高さ1.2mの規模をもつ横口式石槨です。石材には花崗岩が用いられています。この地域の横口式石槨墳では、最も幅が広いのが特徴的に感じました。
石槨部は左右の側壁が2枚石を用いたように見えますが、右側の側壁は1枚石を用い、左右対称を意識し、割られています。
このように切石加工の様相も見ることができたり
説明板。埋葬施設の構造は加茂町にある猪の子古墳と類似しますが、石槨部には底石は無く、長さもやや小ぶりです。これまでに出土遺物は確認されていませんが、古墳時代終末期中葉の築造と考えられています。当古墳の希少さから県史跡に指定されており、福山市に来たら是非訪れるべき古墳です。
参考文献
吉備の古墳[下]備中・備後 葛原克人、古瀬清秀編
吉備の飛鳥古墳 亀山行雄、尾上元規著
曽根田白塚古墳 福山市HP
現地案内板











