King Crimson - Frame By Frame (Old Grey Whistle Test, March 18th 1982)
1982 King Crimson Frame By Frame
King Crimson - Frame By Frame
80年代キング・クリムゾンの幕開け、その名も
『ディシプリン(discipline)』
「訓練、鍛練、修養、教練、訓練法、修業法、(鍛練で得た)抑制、自制(心)、克己(こつき)、しつけ」などの意 ( weblio英和辞典より)
からアルバム2曲目の「フレーム・バイ・フレーム」です。
昨日から、何十年かぶりにアルバム『ディシプリン』を、通して聴き返しておりました。
1979年から「洋楽」を聴き始めた私にとって、リアルタイムで聴いた最初のキング・クリムゾンのアルバムは『ディシプリン』(1981年)でした。中3の高校受験の最中に飛び込んできたクリムゾン復活のニュースは、かなりの驚きと喜びをもって当時のプログレ・ファンの中で渦巻いていました。渋谷陽一のサウンドストリートで「どんな新しいクリムゾン」が聴けるのか、ドキドキしながら耳を傾けていたのを思い出します。
当時の私たちの「バイブル」だった音楽雑誌『ロッキング・オン』では、さっそく新しいクリムゾンのレビューが掲載されました。最も印象的だったのは、当時の一番人気ライターだった某高校生投稿者(早熟の天才と言われていた)が本作を酷評していた事でした。曰く「高性能だが、マトモすぎてツマラナイ」。
まあ酷評までは例外的としても、実際に『ディシプリン』を聴いたリスナーやライターには、戸惑いや違和感のようなものはありましたね。それは70年代クリムゾンに対する、とてつもなく大きな渇望と幻影の投影、そして新生クリムゾンへの凄まじい期待と興奮が渦巻いていた「時期」が、1981年当時の「プログレ界隈」の総意的な雰囲気だった事の証でもあったと思います。(当時の「ロック」って、ただの「ロックンロール」の略語ではなく、時代のパラダイム・ワードとして、何か物凄いものを背負わされていましたものね・・・。「ロックは死んだ」という言葉が、ニーチェの「神は死んだ」とほぼ同義語として使われていました。)
そんな時に、中3の私はこの『Frame By Frame』でロバート・フリップが「実演」するシーケンサーのようなギターを聴いて、これを習得する事が「ディシプリン」だと、毎日毎日ギターで弾いていた記憶があります。70年代クリムゾンをリアルタイムで体験していない私たちにとって、この新生クリムゾンは、何かこれからの僕たちにとって重要なものがある、はずだ、との思いも含みつつ。
(ウィキペディア『ディシプリン』)
1974年、キング・クリムゾンは1度目の解散を経験する。中心人物だったロバート・フリップは一旦は引退を決意するも「フリッパートロニクス」と呼称する独自の機材を用いたソロ活動や、他アーティストとのコラボレーションに注力する日々を送っていた。その後70年代後半、再び自身のバンドでの活動を志向するようになったフリップは、クリムゾンのメンバーだったビル・ブルーフォード、ブライアン・イーノを通して面識のあったエイドリアン・ブリュー、ピーター・ガブリエルを通して共演歴のあったトニー・レヴィンを迎えて新バンドを結成する。
1981年4月30日、バンドはイギリスのモールズ・クラブでプレス向けの初ライブを行ったが、この時のバンド名はディシプリン(戒律、規律)だった。間もなく商業的な理由からバンドはキング・クリムゾンに改名し、このアルバムで2度目のデビューを果たすこととなった。サウンドにアフリカの民族音楽を基調としたポリリズムや、当時流行の兆しを見せていたディスコサウンドを導入するなど、以前の同バンドとは様変わりしたスタイルは賛否両論を招いた。さらに「クリムゾンはイギリス人のバンド」という固定観念を持つファン(ブリューとレヴィンはアメリカ人)の批判や、それまでの歌詞に見られた文学的な世界観が消失したこと(「エレファント・トーク」は「無駄話」の意味で、同曲の詞はa,b,c...に始まるarguments, babble, chatterなどの発話行為に関する単語を無意味に羅列しただけのものとなっている)、ステージパフォーマンスがアクティブなものになったこと(フリップは椅子に座ったまま演奏するが、ブリューやレヴィンは身体でリズムを取りつつファンキーな動きを見せた)、などへの否定的な見解も多かった。
(中略)
なおクリムゾンは1994年、この時期の4人にさらに2人を加えて「ダブル・トリオ・クリムゾン」として再結成されるが、このバンドのサウンドが非常に完成度が高かったことから、90年代以降はディシプリン期への再評価の機運が高まり、この作品も「クリムゾン通史の中の傑作」と看做されるようになった。フリップ自身、歴代クリムゾンの傑作として『宮殿』、『レッド』と共に『ディシプリン』を挙げている。
昨日、9月25日は世間では3連休のラストの日曜日でした。台風後の晴天で暑さも一旦収まって、奈良県の観光地も多くの人が押し寄せていました。私的には昨日と今日は久しぶりに2連休だったので、「今年は『奈良まほろばソムリエ』の資格もいただけたし、近所の催しにも一度は行っておかなければ」という程度の気持ちで、昨日は朝から、本当に近所で毎年開催されているイベントに出かけていました。奈良盆地の片隅で行われる実に田舎の風情があるイベントです。
イベント会場は自宅からバイクで5分ほどの場所にあります。駐輪所にバイクを停めて、そこから約1キロほどの「あぜ道」の中でその「イベント」は行われていました。坂を登り切った所では地元品の物販や抽選会などが催されていて、小さなステージも組まれていました。大学生の男女4人バンドで「MONGOL800」を演奏しているのを観ながら拍手をしたりして、さあそろそろ帰ろうか・・・と思っていると、イベントの主催者からアナウンスがありました。
主催者
ここで私たちの地区で最近に農業に参加してくれている方に、ドラムソロを演奏してもらおうと思います。
「えっ!? ドラムソロ??? 他の楽器なしでドラムソロだけをやるなんて、どうして?」
と、帰路につきかけた私の足は無意識に再びステージの方へと引き寄せられました。演奏が始まると力強いロックなリズムが叩きだされて行きます。最初はとてもシンプルなドラムプレイでした。しかし、徐々に決めのフレーズに裏拍を使い出したり、スネアのタイミングが不規則になったりして、観いてる私は徐々に引き込まれて行きました。ドラムセットはミニ・イベント用のレンタルセットのような簡易なもの(パール社)で、二回りも小さなバスドラと、薄いタムが1つ、薄いバスタムが1つですが(スネアだけは標準サイズ)、時折その2つのタムを連打して、かなりのグルーヴ感を生み出しているのを体感できたので、「もっと本格的なセットなら迫力あるだろうなあ」と思いつつ、自然と私も手足で拍をとり、気づけば体幹で彼が叩きだす音楽を堪能していました。
簡易なドラムセットなのに、手足と体を目一杯に躍動させて、ハイハットを踏んでいる左足を時折踊るように、いや、ピッチング・フォームで球を投げる時に上げる左足のように高く上げても、身体は座っているイスにしっかりと軸を置いているその「形姿」が見事で、背後の奈良の田園風景とのコントラストが、この風景に似合っていないようで、意外とハマっているようにも不思議と感じられて感心してしまいました。その時、私は
ああ、一緒にギターが弾きたい! さっきの大学生のギターをここで使わせてもらえれば、スティーヴ・ハウか、フリー演奏時のパット・メセニー、、いや、マイク・スターン(もどき)のようなギターを弾いて共演したいんだけど・・・・・・
(注)
私はマイク・スターンのようなギター演奏ができる、という訳では全くなくて、ロックをベースにジャズもどきのフレーズを加えて行くと、なぜか自然と私の脳内だけで「これってマイク・スターンの演奏に似てるよなあ、あえて、わずかでも、かろうじて、似ているんじゃねえの」と勝手に連想しているだけなんですが・・・(たまにECM期のビル・フリゼールにもなります)
さて、5分くらいか、もう少しくらいの演奏でしたかね、ドラムソロが終わりました。演奏後は何人かの人と雑談されていましたが、その合間を見ながらドラマーさんに話しかけてみました。
私
こんにちは~、素晴らしかったです!
近所に住んでいて、たまたま初めてこのイベントに来たんですが、も~う、とってもグルーヴさせてもらいましたっ!
ドラマーさん
ありがとうございます
私
途中から裏の拍とか入りまくりで、普通のロックのビートにプラスして、何か他の音楽も入ってる気もしました。ベースは60年代のビートで演奏されているんですか?
ドラマーさん
60年代のも演りますが、そこから90年代のロックまで一通りは演ってきました。
私
ああっ、そうなんですか!それで、あの(90年代的な)グルーヴ感! 私はパープル、ツェッペリンから始まって、一番よく聴いたのはイエス、ピンク・フロイドや、キング・クリムゾンとかのプログレ系なんで、だいたい10年ちょっとの狭い範囲ばかり聴いてしまいます(苦笑)
ドラマーさん
クリムゾンは大好きです。特に『レッド』と『ディシプリン』はよく聴いています。
私
ああっ、その2枚! 凄いっ! 『レッド』はやっぱり後に大きく影響与えてますね。
ドラマーさん
『ディシプリン』は、同じ事の繰り返しのように聴こえてしまうけど、実は少しずつ変わって行く所が素晴らしいですね。
私
ああっ、そういえば先ほどの演奏は(ビル・)ブルーフォードぽい拍の変え方も連想しました。
ドラマーさん
そうですか。ありがとうございます。
私
ブルーフォードといえば・・・、先々週に大阪でイエスのコンサートに行ってきました。
ドラマーさん
イエスってまだやっていたんですか!(驚)
私
(クリムゾン好きな人でも、イエスは解散していると思われて・・・、いや、気を取り直して、、) はい! 3年前の来日が結成50周年で、今回のが『危機』の50周年です。
意外と・・・というか、けっこう良いライヴでしたよ。
ドラマーさん
もう50年ですか~ぁ
この後は、このドラマーさんが大阪から離れて、なぜ奈良盆地の片隅の田舎で農業をされているのか。この地区のイベントに参加されている経緯。私が住む市町村には隣町から通われている事。私がどの地区に住んでいるか、などを話していて
私
今日はこの田園風景で演奏されて、いかがでしたか?
ドラマーさん
とても気持ちが良かったですね。できれば反対側(田畑や向いの山の方向)に向って演奏したかったけれど(笑)
私
じゃあ今度はこっち側にお客さんに来てもらって(笑)
ドラマーさん
はい、ぜひ。
私
奈良は音楽のイベントって、土地柄(極めて保守的で大人しい)なのかクラシック、ジャズとか、古代のシルクロード関連でエスニックなワールド・ミュージックくらいなんで、さっきの大学生さんらも卒業されてからもロックのイベントができるような動きになって行けば良いですよね。
ドラマーさん
ええ、そうですね
私
私も地元でも仕事をしていますので、またお会いする機会もあるかもです。また、演奏されるのを楽しみにしております!
ドラマーさん
あっ、はい。その時はよろしくです。
文章で会話のニュアンスを再現するのは非常に難しい事ですね。ドラムプレイの力強さとはまた違って、とても自然体で謙虚なお人柄なので、お互いに恐縮しながら会話をしていた気がします(私は謙虚を装いつつ、グイグイ話しをしていく事も多々ありますけれど)。
私はこの日は「たまたま」近所でのイベントに初参加しただけで。このドラマーさんは私の住む所に農業で通っておられて、たまたまイベントでドラムセットがあったから、たまたま前日に演奏してみたら、主催者の人たちから「こんなにドラムスが上手いのなら明日のイベントでドラムソロをやってみてくれよ~!」と頼まれて演奏してみた、との事でした。
ドラマーさんと会話をしていて、実はちょっと変な気持ちになりました。例えるなら、好きな人にラブレターを渡したいと思いつつ「いや、自分なんて・・・」と思ってしまう、あの気持ち。
よかったらキング・クリムゾンか、イエスか、何でもいいけれど、あなたのドラムスと一緒に私がギターを弾いてみたいです
という一言がどうしても言い出せませんでした。
どういう活動歴をされていたのか。どういう楽曲を演奏されていたのか。初対面でほとんど分からないという事と、私が今まで一緒に演奏してきたドラムスの友人、知人らよりも確実にランクがいくつか上の演奏をされているので、「釣り合わない」という事への「ためらい」がありました。
でも、こんなに身近に「ビル・ブルーフォードのドラムスが大好きです」なんて言われる人がいるという事が、とても嬉しいというか、またお会いする機会があればもっと話してみたいとも思いました。
もしかしたら、今はもう人前での演奏はされていないかも知れないし。そういう私も、少なくとも9月からの新しい仕事に必要不可欠な「スキル」の習得だけで、日々の生活が手一杯でもあります。(でも、もしかしたら地元のイベントなどで「このドラマーさんとクリムゾンやイエスを一緒に演奏する、という可能性がゼロではないかも」と「想像」するだけで、日々の「意識」が変わるような気もします。)
中3の時に『フレーム・バイ・フレーム』のフリップ氏のギターに「ディシプリン」を課していた私。高校2年の前半くらいまでは無謀にもこの曲の「ディシプリン」に挑んでいました。(高2の秋からはマイク・オールドフィールド『オマドーン』と、アンソニー・フィリップスのようなギターばかり弾くようになっていたので)
King Crimson - Fracture (OFFICIAL)
2分53秒からのフリップ氏のギターは、実際に真似して弾いていると、もう純粋な「音楽」というよりは、「音楽」という形式を借りた何か別のものを演奏しているという気持ちにさえなります。弾いていて楽しいフレーズでは決して「ない」んだけれど、ここで多用されている(ほぼ全部?)、半音が全く混じらない「ホールトーンスケール」は、こればかり弾いていると本当に何かの「訓練」「鍛錬」のような気持ちになります。フリップ氏ほどのレベルで弾くとなると気が遠くなってしまいますけれど、ある程度は弾けるようになると、ついつい使いたくなる「魔術」を持っているスケールですね。とりあえず、困ったら「コレ」で余白を埋めておけば「それらしく」聴こえるものの、頼りすぎると演者としての底の浅さが露点するという諸刃の刃です。
(注)
「トライしてディシプリンした」事と、「実際に弾ける」事の間には、深い深い溝が横たわっていた事をお断わりしておきます(^^
あのドラマーさんと、もしも共演する事があったら、10代の時の「ディシプリン」が少しは役に立つのでしょうか。
それとも20代から現在まで、あまり何も考えずに弾いてきたものの方が、自分らしさになっているのやら、、
もしも、共演が実現したら、書いてみたいと思います。
(その方がドラムスを演奏している写真は何枚か撮影しましたが、ご本人に承諾のお伺いをしていないので掲載は差し控えます)
◇追記
イエス・来日公演、大阪NHKホールから、今日で早くも17日も過ぎたのですね。まさに「光陰矢の如し」です。片山伸さんの絶賛コンサート・レビューだけではなく、渋谷陽一さんも熱く絶賛されていたので、今回の来日公演は前回以上に期待して臨んだような気がします(正装のTシャツを間違えるくらいに)。実際に約2時間の大阪公演に参加した感想をいくつか列挙してみます。
◇渋谷陽一さんが「スティーヴ・ハウ完全復活」と評していたけれども、3年前の来日でも年齢の割には演奏もステージでの立ち振る舞いも元気そのもので、私はハウ氏に関しては今回の来日でも3年前のコンディションが維持されている、という感想を持ちました。
◇ハウとダウンズの古株2人は良い意味で「現状維持」をキープ。デイヴィソン、ビリー、ジェイの3人が以前よりも「イエスのメンバー」としての貫禄が出てきている事(特にビリー)が、翻ってハウ、ダウンズにも良い影響を及ぼしてして、全体的に「この5人で十分にイエスとして良いバンドになってきている」という印象を強く感じるライヴでした。
◇新しいアルバムから唯一演奏された『ジ・アイス・ブリッジ』が、本当にとても良かった。フランシス・モンクマンさん、本当に、本当に、本当~に、ありがとうございましたっ!
(この曲のビリーのベースは、ライヴで聴くと物凄く良かったです。ライヴの後でも1週間くらいは、脳内でエンドレス・リピートしていました。新曲が一番良い!というのは素晴らしい事ですね。)
YES - The Ice Bridge (Official Video)
◇ハウ師匠、いろいろなギターの音色を聴かせてくれてありがとう! アコギでフルに再現した『トゥ・ビー・オーバー』を生で聴けて、嬉しかったです。でもハウ師匠で一番印象に残ったのは、『危機』第3楽章「盛衰」で、デイヴィソン、ビリーと3人で合唱したヴォーカル・パートでした。背筋がピンと伸び、立ち姿もピシッと凛々しく、あの低音ヴォイスは50年前の『危機』レコーディング時よりも、声に張りと貫禄を感じました。ステージでの立ち姿と、動きと、声帯の若々しさ(相変わらず、よく喋る喋る!)がある限り、ハウ師匠とイエスは永久に不滅です!!
◇という事で、もしかして数年後にもう一度くらいはイエス来日公演を観る事ができるのでは!
3つの正装
裏側
次回は『危機』Tシャツの出番です
『危機』完全再現、という点については色々と書きたい事もあるので、後日に投稿する、かもです、、
2023年は『海洋地形学の物語』50周年
2024年は『リレイヤー』50周年です








