(2009年1月13日~3月11日 メキシコ・ベリーズ・グアテマラへの旅)

 

 

 

 1月25日(日)~26日(月)

 

 

25日(日)

 

フローレス島とサンタ・エレーナ地区を歩く

 

 

 

 

 フローレスで宿泊した安宿 POSADA TAYAZALの入口です。

 

ホテルの看板にも書かれていますが、フローレスではどこのホテルでも旅行代理店?を兼ねていました。

 

 

 

 

私の部屋は2階の角部屋(手前)でした。

 

 

 

 

フローレス島はペテン・イツァ・ミンリャン湖にあり、直径が300mと非常に小さく、15分も歩けば1周できました。

 

写真は島の中央広場にあったカテドラルです。

 

 

 

 

 

 フローレス島内で見た花です。

 

 

 

 

ベリーズから来た日の昼食は、ホテル近くにあったこのレストランで食べました。

 

定食がベリーズに比べれば700円と安かったですが、やはり私にとっては高かったです。

 

 

 

 

フローレス島入口にあった『 ようこそ、フローレス島へ! 』の看板です。

 

 

 

 

夕方、湖では家族?4人が投網で魚を捕っています。

 

 

 

 

2日目、ティカル遺跡見学後の今日は、フローレス島からレジェノ橋( 約300m )を渡ってサンタ・エレーナ地区に着き、写真の『 月の光 』と言う名の食堂で食べました。

 

 

 

 

定食屋 『 月の光 』の店内から見た表の様子です。

 

 

 

食事の後は、町の散策をします。

 

 

 

 観光地の島と異なり、グアテマラらしき店が並んでいます。

 

 

 

 

 やはり、私にはこのような町並みの方が落ち着きます。

 

 

 

 

海賊版( ピラータ )のCDやDVD専門の店?です。

 

 

 

 

やはりラテンアメリカ諸国では、『 パッチもの 』の帽子は必ず売られていました。

 

 

 

 

昼食を食べ町を彷徨いた後で1度ホテルに戻り、シャワーを浴び洗濯も済ませました。

 

 

 

 

暗くなり始めましたので、再びフローレス島からサンタ・エレーナ地区へ夕食に向かいます。

 

フローレス島からサンタ・エレーナ地区までの橋?は、およそ300mあります。

 

シャワーを浴び洗濯もしたのと、暑かったので100均の薄いビーチサンダルで出掛けました。

 

 

 

 

 サンタ・エレーナ地区での夕食は、店頭で鶏肉を焼いていた店に入りました。

 

 この味付きの鶏肉は1つ約100円です。

 

 

 

その夕食の後の帰り道です。

 

ホテルのあるフローレス島に戻る時、サンダルの下に小石でも刺さったのか違和感を感じました。

 

サンダルを脱いで異物?を取れば良かったのでですが、そのまま足を道路に強く蹴って異物を除こうとしました。

 

すると、足の裏に激痛が走ります。

 

 

素足の裏を見ると、左足中指の付け根がパックリ開いて血が次々と出ています。

 

サンダルの裏を見ると、三角形のガラス瓶?の破片が刺さっていました。

 

 

小心者の私はパニクってしまい病院をと考えましたが、こんな片田舎の町には良い病院なんてなさそうです。

 

まして、もう19時過ぎではどうしようもありません!

 

 

ホテルに帰っても、私の日本から持参した薬は正露丸だけです。

 

 

一番心配した事は、汚いガラスの破片での傷でしたので『 破傷風 』の事が頭に浮かびました。

 

本当にどうしようかと色々と考えた時、この場所に来た僅か2~30m前に『 薬屋 』が有ったことを思い出しました。

 

慌てて片足状態でケンケンしながら薬屋に行って事の顛末を話し、店にいた店員に治療を頼みました。

 

 

 

すると、薬剤師?らしき女性の店員が、足の傷を消毒して薬を塗ってくださいました。

 

本当に私は気が小さいので、治療中は『 破傷風 』の事が頭から離れずに少し震えておりました。

 

店員達は、この日本人は震えている私を見て、何と気が小さい人だろうと思ったことでしょう。

 

 

何とか無事に治療?が終わって、代金を支払い『 明日また来ます 』と言うと、

もう明日は来なくて良い 』と言われては来る訳にはいきません。

 

また『 傷口は水で良く洗うように! 』と忠告されましたが、中年米諸国の水道水ではとても洗う気にもなりませんでした。

 

 

しかし、しっかりと傷口を包帯で縛ってもらいましたので安心します。

 

 

日本とは異なり、グアテマラなどでは切り傷程度では病院に行かないのでしょう!

 

 

 

ホテルに戻って寝ていても、頭に浮かぶことは『 破傷風 』でした。

 

 

フローレスに後2泊して『 ワシャ遺跡 』を見てからアンティグアに行こうと思っていましたが、それなりの病院があるアンティグアに早く行こうと考えました。

 

 

 

26日(月)

 

 

朝起きて直ぐにアンティグア行のバス便を調べると、毎晩フローレスを出発するアンティグア行のバス便があることが分かりました。

 

さっそく今夜発のバスチケットを買い準備します。

 

 

そして昨夜お世話になった薬屋に、足を引きずりながらお礼の挨拶に向かいました。

 

 

 

 サンタ・エレーナ地区の、この薬屋( FARMACIA )です。

 

 店先にいた店員達に、昨夜のお礼を言いました。

 

 

 

 

薬屋の店員達です。

 

中央の女性が治療をしてくれた人です。

 

右の男性は冷ややかに私を見ていました。

 

 

 

 

この薬屋の入口には、警備員がいてショットガンを持っています。

 

 中南米では薬屋は強盗に狙われ易いので、私設警備員を雇っています。

 

 

この後、昨日歩かなかった地区をゆっくり歩きました。

 

 

 

 

 やはり交通手段のタクシーは『 トゥック トゥック 』でした。

 

 

 

 

中南米に必ずある『 ROPA AMERICANA ロパ・アメリカーナ 』( アメリカからの古着 )の店です。

 

 

 

 

昼食は写真のメキシコ料理店でタコスを食べました。

 

メキシコの味とは異なりますが、仕方がありません。

 

 

 

 

 靴の修理店の店先では、親子と思われる2人が作業をしています。

 

私が『 親子ですか? 』と訊ねると、『 はい、そうです 』との返事でした。

 

 

 

 

 フローレス島に戻る途中の木陰では、手製の『 かき氷 』の屋台に子供たちが集まっています。

 

 

 

 

 その先の土手に座っていた男性は、『 ポロライド写真 』を撮って生活している人です。

 

2003年末にグアテマラに来た時にも『 ポロライド写真 』を撮る人を何人か見ました。

 

でも、もう流石に時代遅れと思われ『 今日も1人の客がいない 』と言っていました。

 

 

 

 

サンタ・エレーナ地区からフローレス島への橋?です。

 

正面に小さく見える家が並ぶフローレス島です。

 

 

 

 

 島の入口には『 歓迎のゲート 』がありました。

 

 

 

 

 

フローレス島から ペテン・イツァ・ミンリャン湖の先に沈む夕陽はとても綺麗でした。

 

 

 

 

フローレス発アンティグア行きのバスの出発を待つ間は、島内にあったこのタコス屋で待たせて貰いました。

 

 今のところ足の傷は大丈夫そうです!

 

 

 

 

 

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

次回は5月24日(日)18時30分投稿予定です!