最近思うのは、何故アルコールや食べ吐きを繰り返し

弊害として鬱や人格障害的な状態になったのか?

 

車を運転しながらふっと思ったのが

 

「あの頃私は、自分を変える事よりも病む方を選んだ」

 

仕事で変な奴に遭遇して自分なりに思った。

 

他人には軽々しく、そういう部分を変えれば人生スムーズなのにーって思うけど

 

この変えるが出来ない。若しくは変えたくない。とてもじゃ無いけど難しい。負けを認めるみたいなね。

 

誰だって、ありのー♪ままのー♪で生きていたい

 

が、しかし、それだと人生は必ず壁にぶつかります。お陰様で年中ぶつかってます。

 

世界は生まれたままの私を受け入れる様には出来ていないから、進化して行かないと生き残れない様に人類の歴史でそうなっているんだと思う。

 

私もつまらない事でカッとならないで、流せる様にならないとなー

 

夫に良く言われるのが

 

「自分なんて無くて良いんだから」

 

本当にいちいちいちいち自分自分しない様に気を付けよう。

 

 

 

依存症者には底付き体験が必要と言うけど

そうまでしないと変えようとしない(辞めようとしない)のは

 

 

”自分”が強すぎた結果だと思う。

ただの酒飲みの人って(普通の人)って柔軟性が有るもんね

 

 

後悔しない為にも

自分と良く向き合った方が良いと感じた。また、病むに逃げてませんか?って自分に問う

 

お題の「自分を変える方法」は

 

・思いっきり躓きを経験する(底付経験)

・病むを選択しない。※100%は無理でも回数を減らすのは可能だと思う。

勇気を出して今までと真逆の選択をする。若しくはそういう状況に追い込む←私はこのパターン

 

まあ、ここで書くのは簡単だけどね

 

言うは易し行うは難し

 

だよね