順調に週3日、ジムに通っているpmです



























今の時期、外がたいそうキモチよいのでふだんにも増して気分もポジディブです
さて。
先日は母の日でしたね
お母さまと共に過ごされた方々のブログを読んで、たいそうしあわせなキモチになりました
〈そしてちょぴっとうらやましい
去年まではわりと盛大に、祖母も含めて母の日のお祝いをしていたけれど、今年から母の日はビデオ通話となりました
以前チラリとブログにも書きましたが、わたしの母は継母なので血はつながっていません。
昔は、ほんとに最悪な仲でした。
母もきっと、突然4歳児の娘(わたし)ができて大変だったのだと思いますが、わたしの記憶の中では
幼稚園時代、ピアノの部屋に閉じ込められて(
❗)1日4時間の練習
(音大附属の小学校に進む為)
テレビはほとんど観させてもらえない(とにもかくにもピアノの練習)唯一観ることができたのは、土曜日のドリフ。
小学校の頃、ピアノの練習の為に門限が16時(ほとんど遊べない)が嫌で友だちと遊んで門限を破ったら、庭に放り出され、犬と寝る
やりたくないのに日本舞踊を習わされる
中学生時代は超絶スパルタな塾に入れられ、送り迎え(逃げ出さないように)される
その他
…
今の時代だとアウトな匂いがプンプンですね❗
こんな感じで、あまり良い思い出がない為、18歳を迎えてすぐじぶんで家を借りて、ずっと疎遠にしていました。
でも、夫との結婚を機に牛歩並みの歩み寄りですこーしずつ話をするようになって。
今、この歳になって母の大変さ(祖父母の反対を押し切り、知らない土地で子連れの父と結婚する)を理解して、彼女なりに心身ともに精一杯だったんだなと今ではそう思えます。
それでも移住前に同居するのがほんとに不安で、動悸もするし緊張してたのですが、いざ同居生活が始まったら、毎日が楽しく満ち足りて、人生でいちばんしあわせな期間でした。
母からは、ほんとにたくさんの愛をもらいました。
もちろん今も。
今、アメリカと日本で離れてはいますが、両親とはわりと頻繁にLINEで話したり、くり坊の写真や動画を送ったりしています。
実家のリビングにペットカメラがあり(同居してたときにくり坊用に設置したもの)そのペットカメラで時々話しかけて大笑いしたり、そこでお話したり。
※ペットカメラで見ることは両親了承済。なんなら毎日見てくれと言われています。
遠く離れているけれど、いつもお互い心は近くにあるようです
次は父の日
くり坊を溺愛している父にたくさんくり坊を見せてあげないと
あ❗お昼ごはんを食べなくちゃいけないので今日はこのへんで
それではそれでは



最近作ったおやつ。
りんごはコンポートしてシナモンもたっぷり入れました



