蒸し暑くなってきました。 今日も我が家はエアコンが大活躍中。 世間は7月になろうかという中、ニュースといえば都知事選やコロナウイルスの感染者数のニュースが目立ちますね。
でもちょっと待って。 本来は今頃2020年の7月は東京オリンピックの準備で大忙しだったはず・・・
そこで ネットでオリンピック名場面集などを調べていたら ある気になる記事が私の目に留まった。
皆さんは 『ブラックパワーサリュート(※アメリカ系アメリカ人たちが行った、拳を高く掲げ黒人差別に抗議する示威行為)』という言葉をご存知だろうか?
1968年メキシコオリンピック陸上競技200m走の競技後の表彰式でその『事件』は起きる。
金メダル獲得者 トミー・スミス 銀メダルピーター・ノーマン 銅メダル ジョン・カーロス
この3名は 普通に表彰式を終えていれば オリンピックメダリストとして祖国に帰り普通の、いやむしろ栄えある生活が保障されているようなものだった・・・ 一体なにが起きたのか?
金メダリスト トミー・スミスと 3位のジョン・カーロスが顔を下に向け アメリカ国歌が演奏されている間 黒グローブをつけた拳を空に突き上げて見せた。
じつは1968年のメキシコ五輪開催の半年前 アメリカ公民権運動を唱えてきたマーティンルーサーキング牧師が暗殺されている。1964年に「公民憲法」制定。有色人種に選挙権が与えられ、黒人への公共施設での差別もなくなるはずだった。ただ全然状況は改善されず、その苛立ちが頂点に達しようとしていたアメリカ国内での黒人の人権を守るため彼ら(トミーとジョン)はこの行動に移したとされている。
しかし私はここで画面左下、オーストラリア人の銀メダリスト、ピーター・ノーマンの人生を皆さんに伝えたい。
幼少期は家が貧しく、小学を卒業後はすぐに働き 仕事と陸上競技を両立しながら苦労してようやくオリンピック出場権を獲得する。 そんな白人ピーターとトミー、ジョンの3人は 決勝レース前夜 お互いの意見を交わす機会を得た。
ジョンがピーターにこう言った。 「ピーター、俺達はおそらく今大会3位までには入れるだろう。
もしそうなったら 俺達はサリュートをやるつもりだ・・・」
ピーター 「サリュート?」
そして競技終了後の表彰台にて
ピーター 「俺はなにをすればいい? サリュートに協力したい」
だがトミーとジョンはそのピーターの気持ちに最大限の謝意を示し
「大丈夫 これは自分達の問題だ あんた(ピーター)は無理をしなくていい。」という。
だがどうしても同調することを譲らないピーターは 「オリンピックの人権を求めるバッジ」を胸につけ トミーとジョンと同じく人種差別への抗議を示すことを決断。
オリンピックという舞台に政治的・宗教的・又は人種的プロパガンダは許可されるはずはない。 この3人には当然 大会後、厳しい処罰・そして社会からの冷遇という現実が待ち構えていた。
黒人選手だった トミー・スミスとジョン・カーロスは帰国後、職場を解雇され、脅迫をうける事態にまで発展。
ピーター・ノーマンも帰国後は奥さんと離婚、メディアには銀メダルの快挙もまるでなかったことのように扱われた。
特にピーターにとって銀メダルは間違いなく彼のその後の人生にとって最高の肩書き、殊勲として輝き続けるはずだった。 もうアルバイト生活をしなくていい。保障された生活。そんなものを全て振り払ってでも なぜあの数分間のブラックパワーサリュートに賛同し、ある意味、自身を滅ぼそうとしてくる未曾有の差別主義者達と 『闘う』 ことを選択したのか?
ピーターの晩年 彼の甥マットはピーターに尋ねた。 「サリュートに参加したことに後悔はないか?」と・・・
するとピーターは答える。 「 していない。 たしかに得られたはずの多くのものを失ってしまったが 差別に立ち向かう自分の信念は通せた。こころは満たされている。 」
こんなかっこいいオリンピック選手が歴代いただろうか?
人は岐路に立たされたとき、大概の人間が普通は保身に走り 自らの手は汚したくないものだ・・
自分はピーターのような行動はとれないだろうなぁ。
たしかにオリンピックという舞台で起こしてしまった彼ら3人のこの行動は非難されるべきかもしれない。
ただ彼らの自らの人生を犠牲にしてでも表現しなければいけなかった葛藤・時代背景が あのメキシコ五輪の舞台にあったのだろう。それも間違いない。 人種差別の根絶を望んでやまない。故ピーター・ノーマン氏の勇気に最大限のリスペクトです。
都内某経営者X
