1日放送の「タッキーBOX」

EDでもお話したのですが、

スーパー・ブルー・ブラッドムーンの夜、

私は、好きな映画を観て過ごしました。

マトリックスのウォシャウスキー姉妹と、

トム・ディグヴァ監督の共作で、

ディヴィッド・ミッシェルの

同名小説を映画化した、

「クラウドアトラス(2013年公開)」

です。

 


前に一度観て、

もう一度と思っていた作品。

 

書きたいことが沢山ありますが、

今回はその中から

印象に残っている部分を

いくつか・・。



トム・ハンクス、ハル・ベリー、

ジム・ブロードベンド

など、キャストは

とても豪華だというのに、

蓋を開けてみると

興行成績は振るわず、

大ヒットにはなりませんでしたが、


私にとっては、

美しいと思える映画のひとつです。



手塚治虫先生の「火の鳥」の様に、

何世代に渡って、さまざまな物語が描かれ、

役者さんも、

輪廻転生した違う役柄を演じていたり。

 

禅に関心があるらしい

ウォシャウスキー姉妹らしい

世界観も感じられます。



ただ、そんな風に言うと、

「うわ〜、複雑そう。」

と、思われそう。


でもテーマは一貫してるんです。

 

まずひとつは

あらゆる選択が、いつも未来を作るのだということ。


 

もうひとつは、人と人との

時間を超えたつながり。

 


私は特に、近未来の

ネオ・ソウルを舞台に繰り広げられる

ストーリーがお気に入りです。

 

遺伝子操作で作られた複製種(クローン)

ソンミ-451と、

自由を奪われたクローンを

助け出そうとする、

反政府組織の科学部官、

へジュ・チャンの物語。




ソンミを演じた、ぺ・ジュナの

透明感ある演技が素晴らしかったです。

 

そして、物語での

2人の絆も

胸を打たれるものがありました。

 

この2人は、1800年代では、

夫婦として生きています

 

ソンミを演じていた

べ・ジュナは

カラコンをつけて、

鼻を高くした西洋人メイク↓

 


一方で、へジュを演じた

ジム・スタージェスは

西洋人のため、


ネオ・ソウルの物語では、

黒髪にアイテープで

切れ長の東洋人メイクに・・↓

(1800年代の彼は、

メイクなしでした



また、1800年代の彼女には

奴隷を売買するような

権威主義的な価値観を

捨てられない父がいます。



「弱者を助けても、

大海に雫1つ落とすだけだ。」

と言う彼に

「雫はやがて海になります。」

と言い残すアダム

(1800年代のへジュ)と

ティルダ

(1800年代のソンミ)。



2人は、未来でも

クローンを助ける人生を

選ぶのですが、

これを見ていると、

「選択の結果が未来を作るんだな」

と、改めて感じます。

 

よくある、
サクセスありきな現実化ではなく、

もっと深いところの未来を

人は作るんだな、と。



そして、

マトリックスの時にも

感じた事ですが、

 

ウォシャウスキー姉妹は

人間のダークな描写も容赦ないけど、

その代わりに、

ブライト・サイドを、

倍以上に

美しく描く人達だなあ…と

言う部分です。

 

そこは、とても好きで

見てしまう要素でもあります。




ここでご紹介した時代だけじゃなく

他の世界の物語も、

全て終わってみるとダークサイドじゃなく、

ただ心に美しさを残してくれる。

 

保身を捨てた、いさぎよい

誠実な人間描写が。



また、奴隷解放時代に登場した

権威主義的な父親は、

他の様々な人生でも

同じような選択をしています。

 

弱者に厳しい自己保身が治らず、

さらに遠い未来では、

とうとう人間ではなく、

悪霊の姿に転生していました。


(この役を演じたのは、

マトリックスシリーズで、

エージェントスミスを演じていた、

ヒューゴ・ウェービング)



でも、それを見ても、

ダークサイドを選ぶのが

悪いわけじゃない。

 

ただ選択の結果で、

幸せかどうかは

本人が決める事なんだな…

 

そう、感じてしまえるのが、

この映画の不思議な所です



→「クラウドアトラス」
アマゾンプライムに加入してる人は、

無料で観られます。
(実は私も、それで観ました)
 

3時間と長編で、

賛否両論ある映画だと思いますが、

個人的は、

いい作品だと思うので、

 

興味あるな・・と言うかた

お時間あればぜひ!


予告編です↓

ここに紹介した以外にも、

沢山の登場人物がいますよ



 

2016年最後の新月の日に、
「来年になったらブログをやろう」
と開設した、このアカウント。

開設した時は、

ラジオで選曲した曲を中心に

記事をいくつか・・と考えてましたが、

今年が明けて、前半を駆け抜けるうち、

放送でお話ししたトークから、

いくつか、覚え書きしておきたいものが

出てきたことで、

「そろそろ本気でブログを始めよう!」

と思うようになりました。


放送でお話ししたトークや
流した曲の中から、

印象深いものなどを中心に、
日々を綴っていきます。



初めましての方も、そうでない方も

これから内容を

充実させていきますので、
どうぞ、ゆっくりしていってください。
(^^)


追伸

 

開設してすぐ、

公開前提で書いた日記(12月)と

今週書いた日記も、

オープンと一緒に公開しています。

 

よければぜひ。

 

 

 

 



 

先週、ラジオのOPでお話しした

大学時代の七夕エピソードについて。

 

当時、学校までバスで通っていたのですが、

時々一緒になる同級生がいました。

 

ある七夕の前日 

「明日は七夕だね。

七夕って雨のことが多いんだけど、

晴れるといいな」

と、その子が言ったんですが、

19歳の私は、七夕について 

あまり考えた事がなく。

ましてや お天気について

想いを馳せることもありませんでした。

 

後になって考えると、

「梅雨が明ける前の時期なので

雨が多い」

と説明もできますが、

その子は毎年 ただ純粋に

七夕の時期に必ず

お天気を気にしていたんだと思います。

 

その丁寧さや、普段の考え方、

物事に対する向き合い方が

私はとても好きな子でした。

 

 

出会いは、大学受験の時。

 

私の通う高校から、

志望校を受験するのが、

その子と私、2人だけだったことで

情報交換のために、

先生を介して知り合いました。

 

その後2人とも進学して、

同じ学科でもあったのに、

一緒に行動をすることが少なく、

そのままお互い卒業してしまいました。

 

理由は、共通の友人が少なかった事。

考え方の芯はお互い似ていて、

バスでたまに会うと、

他の人とはできない

深い話ができたりして、

人生にはこんな出会いもあるんだと、

私も思っていたし、その子からも

それが伝わっていて

(これはラジオでは時間が足りず

お話しできませんでしたが・・↓)

ある日

「自分の友人のグループに来ないか?」

と言われた事があったんです。

 

ただ、私は

当時の友人たちを裏切るような気がして

それができず、

そのままお互い卒業して

疎遠になってしまいました。

 

 

卒業してもう何年にもなりますが、

七夕になると 毎年

「雨が多い」

と言ったその子を思い出します。

 

当時の友人たちとも、その子の友人とも

うまく付き合う方法が

あったんじゃないか?

とも、この頃思います。

 

過去を振り返って、

色々と思いたいわけじゃなく

今の自分に対して、教訓として

お互いの友人のタイプが違っていても

恐れないで、

そういう気のあった人がいたら

今度は 恥ずかしがって 

結果、手放したりしない自分でいたい

 

そんなふうに感じる、

2017年 7月の私です。

 

 

 

昨日、

お世話になっている箕面FMで

2016年の忘年会があり、

私も参加しました。

 

社員のみなさんの心遣いの中で、

本当に温かい忘年会でした。

来年もまた、新たな気持ちで

さらに頑張りたいです。

 

実は、向かいの席に、

音楽評論家の

出谷啓さんがいらしたのですが、

クラシックにとてもお詳しいので、

声楽家の話などを

少しだけさせていただきました。

 

そこで出てきた、一人の声楽家が

マリア・カラスでした。

 

 

自分も歌を勉強しているので、

 

「いい歌手ってなんだろう?」

 

と、生意気なことを思う時があります。

自分なりに模索して、答えを探しますが

正解はなく、それぞれの中に

光を見出す以外はないけど、

個人的にはいつも

「歌うことは生きること」

に、行き着くんです。

 

マリア・カラスは、

歌はそれほど上手ではなかったけど

とにかく、生き様が圧倒的な人。

それを良いや悪いと書きたいのではなく

ただ、そういう人でした。

 

美しい人でもあったけど、

それだけの人ではなかった。

 

100キロ近くの巨漢でありながら、

想像を絶するダイエットで

50キロ近くも減量し、

オペラのプリマドンナを

演じていました。

 

 

 

私生活でも、ギリシャの大富豪

オナシスとの恋愛の為に

長い時間をかけて夫と離婚しますが、

離婚した途端に、

オナシスはジャクリーン

(のちのケネディ大統領の妻)と

愛のない結婚をしてしまいます。

その間も、カラスは

オナシスと愛人関係を続けていたりと、

奔放に見えて、一途な

愛の形を持っている人です。

 

 

また、普通の歌手なら

喉を気遣って頻繁には歌わない歌を、

当たり役として歌い続けた為、

声が衰えてしまいます。

でも、晩年の歌声も誇り高く、

その存在そのものが美しい。

他の一流歌手が

束になっても叶わない音色なのは、

カラスが、自分の人生を

きちんと生きてきたからだと

私は思います。

 

 

実は出谷さんに

「生き様でしょうか?」

というと、

「そうだね」

と、仰っていたのを覚えています。

 

彼女の壮絶な生き様を、

なぞりたいとは思わない。

とても叶わない。

ただ、学ぶことがたくさんある。

それは、自分の人生から

目を逸らさないで、

まっすぐ生きていくと言う事です。

 

そうありたいと思う

私のフィルターを通した、

声だったり、選曲だったりが、

時に、出会った事もない誰かの心を

あたためる事が出来たなら、

心から嬉しい。

幸せです。

 

ラジオは、ネットやアプリで

世界中どこでも聴けたり、

民放では

タイムフリー放送が始まったりと、

どんどん新しい形になっていますね。

また来年も、私の声を聞いて

ひととき和んでもらえたら

嬉しいです。

 

 

追伸

 

せっかくなので、映像も貼り付けました。

マリア・カラス生誕60年記念コンサート

(彼女が亡くなってからのものですが、

OPで、生前の彼女が歌う、

貴重な録画映像が見られます。)

 

 

これは、映像はありませんが↓

全盛期の頃の彼女の歌声が聴けます。

ヴェルディの「椿姫」から、

第1幕が全曲あります(字幕付き)

 

個人的にはこれがオススメです。