前回おすすめさせて頂いた本来だったら明日あるはずだった福岡講演会が中止というこてで・・・
人生の楽しみがお預け状態ですが
そのお陰でこの講演会を知らない時の生活感覚を思い出せました。
本来なら知らない状態で過ごす人の方が多いであろう見えない世界。
目に見えないから信じれないという人も沢山いるでしょうし、見えるからって凄いと言うものでもないのですけれど(^^)
目に見えない世界を受け入れてみると
納得のできる事象が増えたりするものです。
否定するよりも肯定する人生の方が
心穏やかに過ごせますしね
肉体を脱いだ後の世界が
どんな仕組みになっているのかを知ることで
まだ自分に肉体がある内に
"本当に大切にしないといけないこと"
が何なのか?
それがみえてきます。
この生き方を1人でも多くの人に伝えたい



1人でも多くの魂が 次の文明へと移行出来ますように・・・・・
そんな気持ちが溢れ過ぎて
"相手の気持ちに寄り添う事" < "自分のエゴ"
になっていた私。
今はその事を反省して
相手に寄り添う事の方を意識するように心懸けています。慎重になりすぎてるかも?とも思いますが・・・
慎重になってからは心がとても楽になりました
あぁ。
自分を優先していたから苦しかったんだ〜
楽になったからこそ実感
失敗を繰り返すこと7年。
私は自分の魂に見合った課題よりも高みを目指していたのだと判明したのでした
欲張り注意


⚠️
欲張ったら苦しみが増すだけです
1人ひとり
目の前には自分の成長に必要な人や環境が与えられていて、
それをただ受け入れて一生懸命に生きればいい。
目の前の人と和をもって過ごす時間の中で
自分の心を正しい在り方へと運べるのか。
全ては目の前の人を通して自分の心を試されているんだなぁ。そう染み染み感じます。
心正しい生き方の証明と言えば







マザー・テレサ様の生き方は
真理の世界、神様の証明でもありました。
資本主義の現世で隣人を自分の如く愛することは
大変な試練です。
「贅沢に慣れ過ぎてしまっている現代人」
は真理と真逆の道を進んでしまう。
当たり前を神様は嫌います。
感謝の心が薄れてしまっている人間達。
そんな俗世の中で
神意に触れながら生きる事は奇跡ですね。
そんな
自分の求める生き方が出来ていた幸せ。
夢のような時間を過ごせていたという幸せに講演会が中止になったからこそ改めて気づかされたのでした。
この数年の幸せな時間に感謝をしていたら
『僥倖』という言葉が目に飛び込んで来ました。
「僥倖」は、「偶然おとずれる」という意味があり、 普通の幸運より大きい幸運のことを指すそうです。
神意に触れる喜びに目覚めた今、
私の人生は僥倖そのものです


先日、
習い事の先生からこんなお話を聞きました。
令和の"令"という漢字の成り立ちは
神様にひざまずき神意を聞いていることが由来なんだそうです。以下ネットより引用。
引用終了
令和の時代。
私は 神様の意に沿った生き方を心がけて
和をもって歩んでいきたいと思います
(実際は出来ないことだらけで自分にがっかりしてばかりですが、
それが今世の私の学びどころですねー
)
神意に耳を傾ける者 傾けない者
いろんな人々がミックスしているから魂は磨かれるのです


広島スペシャルセミナーで年頭に心懸けるようにと頂いた高次元からのメッセージは
「心からの祈り」でした





義務的な祈りではなく、
心からの祈りの習慣をつけるべく、
朝、晩、祈りの時間を大切に
神と共に 光と共に
自然と共に・・・・・
世界が平和でありますように
万類が安泰でありますように
地球が安泰でありますように
人と自然が和合をとり
人々がすぐ清く正しき真心を
もちますように・・・
新型コロナウイルス感染拡大が1日も早く終息へと向かえますように
今日も、明日も、あさっても
心を込めて祈り続けます
全ての恵みに感謝を捧げます

周りの人に求めるのではなく、
まず自分が
神さまの平和を顕す道具となれるように
人生修行勤しみたいと思います(^○^)
先程、大森先生のブログがアップされました⤴️

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↓↓↓↓↓桜の写真が素敵すぎる〜





明日午前9時ごろから共に祈らせて頂こうと思います(^^)
心からの祈りを捧げます
それでは、無事に今日も過ごさせていただきました。ありがとうございます

感謝の心でおやすみなさい





