仏教語に
「無上仏道」 「無上菩提」
とあるそうですが、
この「無上」とは
「上が無い」と読む所から
〈最高・最上〉の意味に解かれるそうですが、
松原泰道さんは
〈上限がない〉と受け止めるべき
だと仰っています。
例えるなら、
大空を昇るように、いくら昇っても
到達するところがないようなものだ、と。
松原泰道さんは
『仏教伝道文化賞』を受賞され
仏教の教えを現代人に
噛み砕いて説いてくださった
臨済宗の僧侶でした。
お寺の涅槃会でのお参りの際に
涅槃団子を食べながら
お釈迦様のまわりに
沢山の人が泣いている、
動物や鳥までも泣いている、
そんな涅槃図を見ながら
自分も死ぬときには
鳥にも泣かれるような人間になりたい

松原泰道さんは子供の頃、
涅槃会に参加した時にそう思ったそうです。
その考え方が子供の頃に浮かぶなんて・・・
凄いなぁ〜‼️
私は大人になった今でもその思考には至りませんよ


見習いたい考え方

そんな松原泰道さんが
お釈迦様の事を本に描いてくださっている
著書の中のフレーズです↓
お釈迦様のご臨終の一言
「世は無常なり、
まさに勤めて精進すべし」
この言葉を目にした時
涙が頬をつたいました



苦悩の中にあって
苦悩を超える道が仏陀の教えの中にある。
1つも間違えずに生きれたらいいけど
そんな人は1人もいない。
そんなパーフェクトな人生なんてない。
失敗しては躓いて、
躓いては問題にのみ込まれ、
もがき苦しむ。
この苦しみを消す方法が分からず
解決出来ずに、トラウマだけ大きくして
また歩き出す。
迷うけど歩き続けるしかない。
少しずつ。少しずつ。
自分の足で歩いてく。
気がつけばあっちこちに怪我をして、
体も心も傷だらけのボロボロ。
そんな20代の私でしたが、
神様という大切な存在を思い出せてからは
お釈迦様の言葉に触れて涙して
イエスさまの慈悲深さに癒され
空海様の厳しい中の愛に気づかされ
少しずつトラウマをとかしながら
正法の教えにふれ少しずつ心の清らかになる生き方を思い出してきました
どんなに素晴らしい知識に巡りあえても
例えばお釈迦様の教え(正法)を学んでも
知識に出来てもそれでは足りない。
知識を知恵に変える為には
小さなことでも行動におこしてみる。
正思惟、正行、正業。
簡単にできるようになるはずもない。
だって私は自我の塊だ。
失敗は学びであり成功への始めの一歩。
自分を救うのは自分。
何が正しいのかに気づいてからが正念場。
そう。この知識を知恵に変える努力、
これが八正道の1つ"正念"なんだわ
弱い自分を愛せるようになるまで、
弱い自分に愛を送り続けよう!!
自分だけが自分を変えれるのだから


本物の愛に気づけた時、
己の存在は光だと分かる。
自分の光がどれだけ弱っているのかにも気づく。
神様の光に還るには
自分の光を思い出さなければ〜





これ、
まさしく 無上。なり。
平和の尊さ、命の尊さ、大切に。
地球の平和の為に、まずは己の心の平和
求め続けたいと思います。
神様になる為の人生修行
人間なりに精神的成長が少しでもできるように励むぞ〜




皆様の心も平和でありますように☆彡
