踏み切りは間の抜けたリズムを奏でている。

「わたしと一緒、ずっとずっと」

少女はけたたましく鳴る踏切の真ん中で寝そべっていた。
ダァリンと二人で。

「この子も一緒だよ」

にこやかにうれしそうに言う。
お腹を撫でて、ダァリンと肩を並べる。

ガタガタと線路がゆれ始めた。

「お願いダァリン、もう一度会えたら私をッ」

ガジャンッと吐き気のする音がした。

遠のく意識。
無意識にダァリンの方に首が向く。

「っぁ…キ……って」


壊れた拡声器から、ひしゃげた声が響く。

「まもなく電車が通過します。白線より後ろにお下がりください」

古びた屋根と鉄骨に反射して、気色の悪い音が反響する。

だが、少女には何も聞こえていなかった。

(ダァリン・・・ダァリン・・・)

デジャブする光景に彼女は気付かない。

後ろから近づく黒山羊にも、その更に後ろから歩いてくる
憎らしいあの女にも、彼女は興味を示さない。

絶えずダァリンのことを想う、自分とお腹の子。
踏み切りで付けた手首の傷が痛む。
どこで巻いたのか、包帯が巻かれている。

憎らしい女に手を引かれ、乗ってはいけない電車に乗る。
ダァリンの声が聞こえて、降りてはいけない駅で降りる。

そしてまた、出会ってはいけない男と出会う。
彼の腕を押さえつけて、満面の笑みでたずねる。

「お前、帰ったんじゃ・・・」

少しずつ、血の気が引いていく彼の顔に、少女は今までに無い愛しさを覚えた。

「愛してるよ、ダァリン。ダァリンも私のこと愛してるでしょ?」

何度でも聞く。同じことを、言葉を変えて何度でも。

「愛してるよ。当たりま・・・」

「じゃああの人は誰?」

彼の言葉をさえぎって、少女は最大の疑問を問う。

「アレは・・・」

少しためらってから、答えた。

「恋人」

恨みも嫉妬も関係なくなった。

途端に、彼を自分だけのものにしなければ。という使命感に似たものがあふれ出してきた。

そうだ。あのことを・・・

「私ね。赤ちゃんが出来たんだよ。ダァリンの赤ちゃんだよ」

優しい笑顔でお腹を撫でながら言う。

「ね?この子のためにも、あの頃みたいに戻りましょう?」

「お互いを愛し合っていたあの頃に」

彼は黙って聞いていた。

「・・・はは」

薄く開いた口から、ほろりと笑い声がこぼれる。

「何言ってんのおまえ?バカかよ」

「え?」

困惑する少女。彼の言葉が理解できなかった。

必ず、彼は私のところに戻ってくると思っていた。

「子供?都合がいいな。コレで終わりにしよう」

まったく理解できない。ダァリンは何を言っているんだろう。

「何を言って・・・」

「戻れるわけ無いだろ。あの頃になんて」

今度は逆に、少女の血の気が引いた。

「子供が出来たなんて。お前はもう大人になったんだな」

「まだまだ、子供の俺とは違って」

何だろう、この感情は。

「もう終わりなん・・・がっ」

無意識にダァリンの首を絞めていた。

「愛してるよ、ダァリン。ダァリン、愛してる。大好きなの。ダァリンも愛してるでしょ?」

憎悪、嫉妬、愛。

憎い、無償に腹が立つ、大好きなダァリン。

「が・・・うっ・・・」

首に少女の全体重がのしかかる。

数分が数時間に感じる。

ダァリンが涙を流している。

もう、息はしていなかった。

「愛してる、ダァリン」

しかし、そんなことは少女には関係なかった。

大好きなダァリンと一緒に居られればそれで良かった。

「ずっと一緒だよ」

少女はもう一度満面の笑みで言うと、ダァリンにキスをする。

そしてもう立ち上がらないダァリンを背負い、線路沿いの道へ向かった。