ネットをあちこち見ていて、面白い記事を見つけました。それは「ストラップ・スマホケースの供養の日」というものがあるという記事でした。
毎年4月1日は「携帯ストラップの日」なのだそうです。これは誰かが勝手に決めたわけではなく、ちゃんと「日本記念日協会」という所かに登録された、正式な日なのだそうです。そこでこの日に、どうしても捨てられないストラップやスマホケースをお寺で供養してもらうという行事が行われている場所があるそうです。
今まで「針供養」とか「筆供養」というようなことは聞いたことがありましたが、「ストラップやスマホケース」まで供養するようになったことに「時代」というものを感じます。
しかし、誰かにもらって大切にしてきたストラップ、携帯やスマホにくっついていたのだから、いわば「お守り」と同じように「肌身離さず持ち続けていたもの」なのでしょう。だからこそ思い出もたくさん詰まって来たのだろうし、壊れたから、古くなってしまったからと言って簡単に捨てられるようなものではなくなってしまったのでしょう。それだけ、「つながりが深いもの」になっているという事だと思います。
そう考えると、「ただ捨てる」という事に抵抗を感じ「せめて供養してもらって区切りをつけたい」と思う気持ちもわからないではありません。特に目や鼻があって表情のあるストラップなどはやはり、「人形供養」というものと同じような感覚になり、「簡単に捨てると罰が当たる」と考えたり「どこかストラップの人形がかわいそう」と思ってしまったりするのでしょう。
世の中がどれだけ進んでIT化していっても、やっぱり「供養する」というような気持ちがどこかに残っているのは日本人らしくもあり、また、何となく嬉しくもある話でした。