犬塚は海面に強く叩きつけられた為打撲等の 負傷を負ったが搭乗員生命が絶たれるには至らず幸運であった。翌日になり朝飯を食い病床で新聞を読みながらくつろいでいると妹のサヨコが見舞いに現れた。「犬塚君大丈夫ですか?大先生に見舞いに行くよう言われてわたしは来たのです」 サヨコは兄のことを犬塚君と呼ぶのである。 四つ年の離れたサヨコは10代の頃精神的病を発症し自分自身の意思を喪失してしまったのである。そのような病を治療する方法は世界中探してもまだ存在せず病人は隔離されるか薬で弱らせおとなしくさせるくらいしか扱いようがなかった。 だが幸運にも犬塚は大先生のことを知りサヨコの治療を懇願したところ一年ほどで普通に会話し生活ができるほどに回復したのである。それが縁で犬塚は日本観音会に入信したのであった。 サヨコは回復したとはいっても普通の健常者と比べれば足らずな部分も多く自立して生活するのは困難なので大先生の御屋敷で小間使い等しながら近くの親戚宅で暮らしていた。 犬塚はサヨコの頭をぽんぽんと叩きながら「心配しなくていいよ、たいした怪我もしてないしすぐに退院できるよ」 「それはよかったです。犬塚君何か欲しいものはありますか? 持ってきて差し上げますよ」 「そうだな、カルピスが飲みたいなあ」 「わかりました。それでは買ってきますから今しばらく待っててくださいね」 兄の為に献身的に買い物に行ったサヨコは二時間ほどして戻ってきた。手提げ袋の中に入っていたのはカリントウであった。「はいどうぞ」 「あれ、カルピスじゃないじゃないか」「わたしは一生懸命犬塚君の為に買い物に行ってきたのです」 「そうだね、ありがとうございます」「はい」 サヨコとのやり取りは時々噛み合わないのである。だがこれでも以前と比べれば天地の差程に良くなっていた。病気にさえなってなければもっと幸せな生涯になったろうにと犬塚はいつも思っていた。こんな状態では当然嫁ぐことなど無理であるからなおさら不憫に思うのである。 ただサヨコは自分の境遇には無関心というか特に思い詰めてはいなかった。それは病気の副作用かもしれないが。