上手く言葉にできるか分からないし
間違った表現を使っているのかもしれない
でも、少し思ったことを書いて置こうと思う
先日、電車内で知能のハンデを抱えているような人(仮にAさん)
とその親と見られる人(Bさん)が
小さい子供を連れた家族に席を譲っていました
ワタシは
「ああ、いい人たちだな~」なんてホノボノ眺めていました
その後、違う席が空いたのでAさんは座り
Bさんその前に立ちました
で、隣の席が空いていたのです
新たに乗り込んできた親子がその席に座ろうとして
Aさんをみて固まりました
じっと見つめたまま数秒固まっていたと思います
Bさんが気が付いて
「どうぞ」
と声をかけたのですが
その親子は
「いえ、いいです」といって断りました
ワタシはAさんとBさんのそれまでの行動を知っていたので
心の中で「いい人たちなんだよ?」と思いましたが
その親子と同じ状況だったら、きっと同じ行動をとったでしょう
何だか心が痛くなりました
しかし、「何をするか分からない怖さ」というものが
存在していることを改めて実感したのです
私はハンデを持っている人に対してある種の恐れを抱いているのです
それは、たぶん今までハンデを持つ人に接して来られなかった経験不足からなのだと思います
それに例えば、車椅子の人にどう接してよいか分からない
目が見えない人が、ホームで戸惑っているときに
どうやってサポートしてあげればいいのか分からない
日本はまだハンデを持った人に厳しい社会であると言われています
それはハンデをもった人とふれ合う機会や
経験が余りにも貧困だからなのではないでしょうか
知識だけあってもダメなのです
経験を伴って初めてそれは有効になるのです
ハンデは個性です
先入観を持っていない子供の時期に様々な人にふれ合う事
本当の意味での多様化社会の中で
必要なことでは無いでしょうか
***ヲトナへの道***
・正しい知識だけではなく経験が重要
追記
知ったようなことを!と思われる方もいらっしゃられるかもしれません
それを含めコメントなどいただければと思います