日常の、特に何でもないけどちょっと怖いかもしれない話。時々怪談。 最近は少し笑える話やイラっとした話も。 -2ページ目

日常の、特に何でもないけどちょっと怖いかもしれない話。時々怪談。 最近は少し笑える話やイラっとした話も。

毎日の生活の中で、考え方によっては実は怖いかもしれない奇妙な話を書いていきます。
時々怪談話風なものも。少しは面白い話や、ストレス発散を兼ねたやや腹が立った話も始めました。共感的に見ていただければ幸いです。
前半は通し番号なので、テーマを参照してください。

以前、実家に帰った時の話です。


出かけていた家族が帰ってきました。

自分の部屋の前で何か話しているのが聞こえました。

その時自分は、居間でテレビを観ていましたので。
いると思って声をかけているのかと、特に気にもしていませんでしたが。


その家族が居間に入ってくるなり。

「あれ?こっちにいたの?」

まぁそこまでは予想通りでしたが。

「返事が聞こえたのに、会話したけど」と。


…誰の声なのか。

ここにいる自分は誰?



まぁ、誰かいた方が恐ろしいですけどね。



ではまた。



最近は、いつ災害が起きるかわからないと言う言葉が現実的になっています。

訓練をしていても、実際にその場になったら自分は果たして動けるのか。


看護師の友人に聞いた話です。


病院でも、災害時の訓練はしている。
受け入れる方も、入院中や外来の患者に関する方も。
災害の場に行って協力する方も。


しかし、実際にその場になったら動けるのか。

自分のことを後回しにして、尽くせるのか。
命を懸けて、動けるのか。

常に自問自答しているそうです。


友人にも家族がいる。
友人自身も被災者になる。

しかし、仕事中であれば、先に帰るわけにもいかず。
家族が心配でも、心配されていても、連絡をとる暇もなく働くことになるだろう。

休憩もなく飲まず食わずで24時間働いたとしても。

それが当然と思われる職業。


患者をおいて逃げれば避難されるし、自分の良心も許さない。

例え、自分が逃げて助かればその患者一人ではなくもっと大勢を助けられるかもしれなくても。

して当然であり、したことに感謝はされにくく。しなければ責められる。

それは、災害時だけでなく、交通事故や事件などでも言えること。


資格さえなければ、間違っていたとしても感謝され。
見捨てたとしても誰にも責められないのに。
資格さえなければ。そう思うことも多くあるそうです。


実際その友人は、職業はできるだけ隠すようにしているそうです。



資格がない人にとっては、羨ましいような話ですが。

ある人は、あることで辛い思いもするようです。

世の中、思うようにはいきませんね。



ではまた。
職業的なものなのか、友人に看護師さんが何人かいます。


看護師さんと言えば、白衣の天使といいますが。
それはあくまでも外から見た仕事中の話であって。

仕事以外では、普通の方々です。

少し冷静だったり、親切だったりはしますがごく普通の方々です。


ですが。

職業がバレた途端、健康相談所になったり、親切が当たり前のようになり。
家政婦みたいな働きを当然と思われたり。

親しみを持ってくれるのはいいが、下にみられたり汚いことも平気だと思われたり。


どうしても、イメージが先行してしまうようで。

もちろん、社会的な信用度は高い職業ですからいいこともあるそうですが。

概ね負担の方が大きいようです。


…離婚率が高いのも、その辺りの問題もあるそうです。

友人曰く、「お金をもらっていて、仕事だから優しいし平気な顔をするが。本当は汚いことは当然いやだし、傷ついていたり疲れている。プライベートでも24時間そんなことを期待されたら壊れてしまう。究極のサービス業」そうです。




世の中には色々な職業があります。

それぞれの苦労があるでしょうが。

…辛いことも辛いと言えず、プライベートまで誤解される職業は辛そうです。



ではまた。
最近、何故かわかりませんが。

原因不明の不安感に苛まれています。


…原因がわからないから不安なのでしょうが。


何をするにも、漠然とした恐怖感が付きまといます。


外出すれば、人が怖いし家にいる人が心配になり。

家にいれば、物騒な世の中なので戸締まりが心配になり。

寝れば、それらの心配が形になった夢をみて起きたあとに心配になり。

眠れなければ、寝なければと翌日のことや身体のことを心配し。


…結局、常に心配しているような気がして自分の精神が心配になる。


心配しても、あまり変化がないことをしっているのに。


どうにかしたいですね。



ではまた。
記念日。

やたらこだわる人もいれば、全く気にしない人もいる。

記念ということすら気がつかないことまあれば、全てが記念だと言う人もいる。

よい記念もあれば、忘れたいこともある。


考え方の違いかもしれませんが。

同じ日は二度とないことを考えると、確かに貴重かもしれない。


でも毎日祝うのも大変だと思うのは、自分が気にしない人の方だからなのでしょうね。


祝える記念日があるということこそ、記念なのかもしれません。



ではまた。