なんでそのまま放っておいてくれなかったの?
だってそのまま放っておいたら、私やとんちゃんが警察に捕まっちゃうんだよ。
死にそうな人を放置したら、逮捕されちゃうんだもの。。
ママは私やとんちゃんが逮捕されたとしても、死にたかった?
死にたいって思っている人は死ねなくて、死にたくないっていう人が死ぬ。
悪運が強いのかね。。
と。。
母が、次のステージへと迎えられました。。
ようやく、そう思えるようになりました。
ようやく、そう思えるようになりました。
3月22日、母が心筋梗塞を起こし、心不全になって緊急入院。
...
心臓を取り巻く冠動脈3本のあちこちが細くなっていて、ステント治療では間に合わず、開腹バイパス手術しか手がないと。
とはいえ、現段階では体力的にも数値的にも手術中に亡くなってしまう可能性が高いと言われ。。
とはいえ、現段階では体力的にも数値的にも手術中に亡くなってしまう可能性が高いと言われ。。
妹と共に、急な展開に涙が止まらず、人工呼吸器で生かされている母を目の前にして、途方にくれていました。
ただ、その反面、
「あぁ。。やっと母は楽になれるのだね。。今まで一生懸命頑張ったものね。。。おめでとう。。」という不謹慎な思いも浮かびました。
ただ、その反面、
「あぁ。。やっと母は楽になれるのだね。。今まで一生懸命頑張ったものね。。。おめでとう。。」という不謹慎な思いも浮かびました。
私がずっと近くで見てきた母は、私に怒られるから。。と、「死にたい」「早くどうにかなりたい」という言葉を封印し、でも、心の奥底ではずっと思い続けているのが痛いほどわかるだけに、私としては、早くどうにかしてあげたいという気持ちがどんどんと強くなっていました。
だからこそ、前向きに生きることで、この世を卒業できるんだよと励ましてきたのですが、その意味をもう理解できない状態だったのだと思います。
隣とはいえ一人暮らしをしてもらわなくてはならないために、ヘルパーさんの力を借りながら「がんばって」もらっていました。
だからこそ、前向きに生きることで、この世を卒業できるんだよと励ましてきたのですが、その意味をもう理解できない状態だったのだと思います。
隣とはいえ一人暮らしをしてもらわなくてはならないために、ヘルパーさんの力を借りながら「がんばって」もらっていました。
ところが、ここにきて急な展開を迎え。。
緊急入院する1週間前に、月1回薬をいただいている内科で、レントゲンと心電図を取ってもらい、異常なしと言われたばかりなのに、今回心臓外科の先生からは、肺には結構な水がたまっているので、ある程度以前から症状は出ていたのではないかと言われました。
そう言われて、本来は内科医の先生に怒りを覚えるところなのに、人工呼吸器をつけている母の前では、1週間前にこの状態がわかっていても、今回の状況は変わらず、ただ、その1週間で身だしなみを気にする母が、美容院に行くことができて良かったなと、感謝さえしました。
緊急入院する1週間前に、月1回薬をいただいている内科で、レントゲンと心電図を取ってもらい、異常なしと言われたばかりなのに、今回心臓外科の先生からは、肺には結構な水がたまっているので、ある程度以前から症状は出ていたのではないかと言われました。
そう言われて、本来は内科医の先生に怒りを覚えるところなのに、人工呼吸器をつけている母の前では、1週間前にこの状態がわかっていても、今回の状況は変わらず、ただ、その1週間で身だしなみを気にする母が、美容院に行くことができて良かったなと、感謝さえしました。
その後、4日間、母は眠り続けました。
毎日、妹と朝夕、集中治療室に通い続けても、目を覚ますこともなく、ただ人工呼吸器を頼りに生きている母をみて、私は少しずつ自分の心の変化を感じました。
毎日、妹と朝夕、集中治療室に通い続けても、目を覚ますこともなく、ただ人工呼吸器を頼りに生きている母をみて、私は少しずつ自分の心の変化を感じました。
今、母は、懸命に「生きる」ということと闘っている。
いつも、「死にたい。。」「早くパパ迎えに来てよ。。」と言っていた母が、今、意識下で、本能で、“生”を求めている。
ように感じたのです。
いつも、「死にたい。。」「早くパパ迎えに来てよ。。」と言っていた母が、今、意識下で、本能で、“生”を求めている。
ように感じたのです。
実はこの時、医師から手術ができそうだと告げられていました。
ただ、果たして、手術をして、成功したとしても約1か月~2か月入院、脳も筋力も弱り、その後は寝たきりの生活を余儀なくされてしまう。。母が、それだけは嫌だと常々言い続けていた状況。
これを選択するべきなのか。。否か。
ただ、果たして、手術をして、成功したとしても約1か月~2か月入院、脳も筋力も弱り、その後は寝たきりの生活を余儀なくされてしまう。。母が、それだけは嫌だと常々言い続けていた状況。
これを選択するべきなのか。。否か。
妹と最後まで悩みました。
ただ、手術前日に、手術担当の医師、内科の医師から手術をしない場合の母の状態を聞かされた時、
「痛い」「苦しい」が終わらないよりは、手術後の「苦しくない」生活がある可能性を母にあげるべきだと確信しました。
その判断が正しかったのかどうか、現在はまだわかりません。
ただ、手術前日に、手術担当の医師、内科の医師から手術をしない場合の母の状態を聞かされた時、
「痛い」「苦しい」が終わらないよりは、手術後の「苦しくない」生活がある可能性を母にあげるべきだと確信しました。
その判断が正しかったのかどうか、現在はまだわかりません。
今、ICUを出て病室に移ってから3日目。
脳の混濁が始まり、今は、母の実家の若かりし時代の話をし続け、
毎回、母が、
「おばあちゃんはどうしてる?」と聞き、私たちが、
「もうだいぶ前に亡くなったと思うよ。おばあちゃんは何歳だと思う?ママは何歳?」
「84歳」(あっ、これはわかるんだぁ!)
「もしおばあちゃんが生きていたら、ママは末っ子だから、少なくても110歳は超えているんじゃない?」
「そうかぁ。。えぇ。。知らなかった。。初めて聞いた。。」と毎日びっくりしています。
脳の混濁が始まり、今は、母の実家の若かりし時代の話をし続け、
毎回、母が、
「おばあちゃんはどうしてる?」と聞き、私たちが、
「もうだいぶ前に亡くなったと思うよ。おばあちゃんは何歳だと思う?ママは何歳?」
「84歳」(あっ、これはわかるんだぁ!)
「もしおばあちゃんが生きていたら、ママは末っ子だから、少なくても110歳は超えているんじゃない?」
「そうかぁ。。えぇ。。知らなかった。。初めて聞いた。。」と毎日びっくりしています。
開腹手術だったこともあり、まだ起き上がることもできず、
器官挿管されていたため、固形物を食べることもできないのに、
母から、「ここ最近、肉を食べてないから、お肉食べたいね」という言葉を聞いたときには、
今まで少食で食欲がなかった母だけに、思わず母の生命力を感じ、微笑ましく思いました。
器官挿管されていたため、固形物を食べることもできないのに、
母から、「ここ最近、肉を食べてないから、お肉食べたいね」という言葉を聞いたときには、
今まで少食で食欲がなかった母だけに、思わず母の生命力を感じ、微笑ましく思いました。
これから、母にとってリハビリという大きな試練が待ち構えています。
でも、これは、母がこの世を卒業するために必要不可欠な課題だったのかもしれません。
ある本に、「病とは、みずからのたましいが、たましいの歪みを肉体を使って知らせている」とありました。
語弊があるかもしれませんが、母にとって今回の経験は必然だったのかと。
でも、これは、母がこの世を卒業するために必要不可欠な課題だったのかもしれません。
ある本に、「病とは、みずからのたましいが、たましいの歪みを肉体を使って知らせている」とありました。
語弊があるかもしれませんが、母にとって今回の経験は必然だったのかと。
私もこのステージは、見守る義務があるのだと心に刻み付けます