書きっぱなしだった下書きから前に自分が書いていたブログを見つけた。

一つ一つの人生の転機に、自分が何をしたいのか思い悩む日々に明け暮れる。

自分は何者か、そんな途方もない事を考えている。


わからない。

せめて過去に自分がやろうとした事を少しでも触ってみようと思う。

僕は偽善者だなと心から思う。


人間は「自分にないもの」をもつ人間を嫌う傾向があると思う。

なので同じような人間と関わる。

持っているものが違う人間を理解できないのだ。


いや、「理解したくない」のだ。



無意識に他人と自分を比べては劣等感に苛まれ、

そんな自分を責めた挙句、そのストレスを当人にぶつけようとするようになり、余裕が無くなっていく。


要は「嫉妬」であると考える。



誰もが必ず輝かしい未来を夢見るだろう。

僕もそうだ。

人一倍、未来に可能性を信じてた。



プロ野球選手。

パティシエ。

アイドル。

漫画家。

お金持ち。

芸能人。


どれも肩書きとしては最高。

誇れるものだ。



未来を信じて上を向いて歩いてたものの、自分がやりたいことが本当は何だったのか。

こんなものだったのかと絶望する。



路頭に迷った感覚、徐々に孤独が襲う。


信じていたもの、自分が「何者」でもないことに気づいた時にきっと上を向くのをやめるんだろう。


疲れた顔、現状維持で変化を嫌う。



多くの人がそうだろう。

東京という街は。

多くの人が自分は敗れ去ったと思い、下を向いて現実を生きてる。

妥協して一生懸命生きてる。


その中でも、自分がやりたいことはやり続けなくちゃいけない。


それはなぜか。




人生の歩む道は自分で決めるからだ。



自らが歩む事をやめた瞬間から全てがどうでもよくなる。

どうでもよくなった先には刺激があるエネルギーの強いものを嫌うようになる。


全てが終わると言っていい。

「死んだまま生きてる」



実際、なんでもいいんだよやりたいことなんて。

遠い先の目標から目先のものまで全て自分を肯定する材料になる。



自分の理解者は自分しかいないのが辛いところだ。


僕はまた少しだけ歩こう。


自分の歩む道を信じて。