昼行灯でも生きていたい

昼行灯でも生きていたい

ボカロカテや二次のキャラクターから三次元の声優・俳優に滾りまくった時のメモ帳(仮)

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厨二患者で、頭が二次元(ボカロ/アニメ/鉄擬/艦擬/中の人)で構成+腐敗しきった高校生がグダグダ綴ったものの塊です。同性愛を好みます(主にバラ)。その気の強い記事には、タイトルに「ビタミンF」と表記し、『腐れ言』にカテゴリ分けします。
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上野樹里はやっぱりいいぞ

ここ数日、のだめ熱及び上野樹里熱が急速に高まっていて、危機を感じる。(主に経済面に於いて)
事の発端は正味4日間だった今回の年末年始の休みのこと。

何が起きたのか、唐突かつ強烈に「『のだめ』が見たい」という欲求に駆られ、ひとまずすぐに満たせそうなアニメ版のものを見た。
ダイレクトに、漫画から抜け出てきたかのような声と動きでそこから感動してしまった。
あののだめのひょこひょことした日常での動き、最高すぎやしないか。川澄さんのお声も最高。あ、千秋役の関さんも。
そして漫画もすべて読み漁ったが、あの登場人物の機微とか物事の流れ方が好きだなあと。
催眠療法云々の下りはちと強引には感じたが、フィクションだしあれくらい良いでしょ。のだめすげえ。

あとはドラマ版。リアルタイムで視聴していたがやっぱり見たくなる。
が、配信サービスだとFODのみで少し泣いた。映画ならPrimevideoで見ようと思えば見れるんだけどねえー
少し前ならネトフリでも見れた気がしたけど、配信されなくなっててこれも泣いた。そこがいけない(スナナレ・ハル風)
10秒ほど悩んだがさっさと契約し、全編見直したのだけど、上野樹里の演技力が強すぎて舌を巻いた。

勢いでドラマ版を3周ほどし、映画版もすべて楽しんでから、ふと「キャスティングも最高の作品じゃないか」ということに気づく。
龍太郎と瑛太さんの写真を見比べても「マジで峰龍太郎じゃん」と頭の悪そうな感想しか出てこないし、これはほかのキャストにも概ね似通ったものを覚える。
その中でも野田恵は頭がいくつか飛びぬけて、最早同一人物にすら感じる。上野樹里つよいすごい。なんて形容すれば相応しいのか分かりかねるがマジですごい。
すごすぎて意味が分からないけれど、すごいのはよーーーーーーっく分かる。

憑依型ってああいう方のことを言うんだろうなと。紙面上でしか動いたりしゃべったり出来ないはずなのに、液晶を通したそこには確実にのだめがいる。
自分に『のだめ』という作品の存在を書き込んだのはこれだったが、その思い入れを抜きにしても素敵な作品であることは揺るがないと強く感じた。
原作と比べると話の細かいところは都合によって改変もあるが、進み方に然して違和感は覚えなかった。 (Aオケ編成時、清良が既に桃ケ丘音大へ編入してた、とか)
ほかには、のだめの汚部屋とか妙に再現度が高かったなと。あれ、絶対片付けたくない。セット・アウトだけで2日分の気力労力は吸われる程度にしんどそう(小並感)

野田恵が憑いているかのような演技をしていた上野樹里さんをもっと知りたくなり、加入している配信サービスで見られる作品は片っ端から見ようと決意し、
まずは一番使い慣れているNetfrixで『陽だまりの彼女』を視聴。
いや、可愛すぎか。透明感がのだめの時より増しているし、役に合った儚さも付加されてて神々しくも感じる。愛しすぎて動悸すら覚えた気がする。眠気は確実に吹き飛んだ。

そしてスナナレこと『素直になれなくて』。ハルという、ナカジに惹かれつつもドクターと距離を縮めていく関係性の微妙な役。
あれは脚本からしてすれ違いが秀逸なのだけど、それをフィクションとリアル双方の空気感を帯びつつ、役柄の清楚さや真面目さを乗せて演じている素晴らしさ。
好きだけれど、尊いが良いか。てぇてぇではない、‘とうとい’ときちんとした言葉で形容したくなる。

で、最後は『監察医 朝顔』。比較的最近まで放映されていたドラマだが、リアタイ視聴は絶望的。それどころか、この作品の存在はこの機に及ぶまで微塵も知らなかった。
時にはTVのエンタメからも情報を仕入れたほうが良さそうだ。でもTwitterの使いやすさがなあ――
閑話休題。
朝顔先生、ご遺体への尊厳を重んじていて、不慮の事故があって死ぬことがあれば、この方にされたいなと思った。
過去の震災があったからより強くその念があるのだけど、復興しつつある地へ母を探しに行こうとするも、駅へ降り立った瞬間のあの目や声のか細さすべてが現実で起きたことをそのまま映したかのようで鳥肌が立った。
でも話数が進んでいくと朝顔自身も母親になって、守る立場に変わっていく。独身時代と母親になってからの眼差しのやさしさや芯の強さがより強く帯びたように見えた。
そこはかとなく語尾や声音も母親然り。
なんなんだあの演技力、すごくてよく分からない。

 上野樹里という土台は変わらないはずなのに、役によって声音や眼差しすら役の形になって臨む。
己の性質上、今まで声優には似たような感動を覚え勝手に応援してきたが、役者でここまで入れ込んでしまうのは初めてで、かなり戸惑っている。まさか自分にそんなときが来ようとは夢にも思っていなかった。
ただ昔から、鉄は熱いうちに打てという諺が残っているし、今しかできない溺れ方をして心の奥の奥まで染まれるものなら染まりきってしまいたい。