おはようございます。


 日本の夏の風物詩とも言える全国高校野球選手権大会!


 私の次男も高校野球児でしたので私も大ファンの一人です。


 昨日高知県代表明徳義塾高校の辞退が発表されましたが


 皆様はどの様なご意見をお持ちでしょうか?


 是非お聞かせ下さい。


 明徳の監督は”生徒の為何とか丸く収めたかった”


 ”責任は自分が取るつもりであった”と


 コメントしていましたが本音でしょうか?


 監督自身の評価の為、名誉の等々為に対応を優先したと


 言われても仕方が無い結果になりました。


 私達の仕事に重ね合わせて考えました。


 例えば保険の加入には告知義務があります。


 仮に契約者の為(生徒の為)との理由でに告知義務違反をして


 加入したとしてその後契約者が入院した際告知違反で


 入院や手術給付金が支払われなかったとしたら


 責任は自分で取る!と言っても取り様がありません。


 契約者に経済的負担を掛ける途結果になります。

 

 あるべき姿から逸脱した行為は結果実を結ばない!


 と改めて強く認識した事件でした。


 今日は札幌も最高気温32度との事。


 暑い夏の日になりそうですね>




 おはようございます。


今朝は電車通勤を致しましたが外は暑い・・・・


信州も本当に夏本番の気配です。


今朝の日本経済新聞に厚生年金赤字5兆円・


国民年金3年連続赤字の記事が出ています。


厚生年金は保険料の引き上げや加入者の増加で収入


は増えたが年金給付の増加が上回り国民年金の保険料


収入の減少は保険料を納める現役加入者が減っている


事と未納率が改善していない為のようです。


さらに少子高齢化が進むと現役世代一人当たりの負担が


益々重くなる事は明白ですので


保険料率の引き上げや給付削減といった簡単な図式が 


目に浮かびます。


個人的には公的年金は一本化にして自助努力の意識の


中で各自のライフプランを考える事が


必要と考えていますが皆様の意見は?


MY LIFE だから MY LIFE PLAN をしっつかりと


考える。 皆様 如何でしょうか ?

 今大宮から社に戻りました。


 同業者である保険代理店経営者の営業スタイル等を

 

 聞いて参りました。非常に参考になりました。


 前職でのノウハウを保険業界に上手くアレンジして成果を


 上げています。詳細は書ききれませんが要はやり様ですね!


 オリジナル手法  幣社も考えよう・・・・・


 これから外出します。外は夏盛り!


 

こんにちは!


昨夜は設計事務所の社長夫婦らと久しぶりに飲み明かし


午前様の帰宅とあい成りました。


今日はは午後から大宮に出張です。同業者の保険代理店


への視察研修です。


2年後には本格的に銀行の窓口での保険商品販売が


本格的にスタートしますのでプランドゥも新しい


戦略を模索中という訳です。


まあ時代がどの様に変化しようとも


”理想だけにしない、私たちの顧客第一”の理念に


基ずいたスタイルは変わりようがありませんが・・・


信州も暑いのに大宮への出張 大変そう!

 おはようございます。

 いよいよ8月スタート!皆様はどんな夏のプランを立てられているのでしょうか?


弊社は13日(土)~16日(火)の4日間お休みを頂きます。

久しぶりの休暇ですが15日にゴルフの予定が入っているだけですので

夏の高校野球をビール片手に見たいと思います。


長野県代表の松商学園は参加高最多の出場回数なので1回戦は是非勝利して欲しいと思います。

高校野球と言えば私の息子もプレイしていたので思い出が一杯なのです・・・・・


今日は松本市と東京の立川市からのお客様が来店の予定です。 


9時から定例の朝礼が始まります。

何を話ししようかな?


今週も頑張りましょう!


今日は7月最終日!

社内で今月を振り返っているプランドゥの社長です。


何故日曜日に会社に居るかというと弊社は土・日・祝日も営業している来店型の

保険ショップスタイルの保険代理店だからです。

休日の時間のある時にユックリと保険の見直しや家計相談をして頂く為です。

長野では珍しいのですよ・・・・・。


皆様の中で保険の見直しやお金に関わる相談が有りましたら電話をして下さい。

本日も2件の御相談が有りました。

1件はご夫婦の保険の見直し!もう1件は自動車保険の加入手続き!


いよいよ明日から8月。 夏本番。 ガンバロウ!

 

朝5時37分泰安駅到着。ここから青島空港まで担当のガイドと泰山専門のガイドが出迎えてくれた。泰山は世界文化遺産と世界自然遺産の両方を兼ね備えた世界でもめずらしい貴重な山である。泰山のお茶は中国でも有名でお茶屋で試飲販売がありいろんな種類のお茶を味見させてもらった。山に上がる前に泰山裾野にある公園を見学。巨大な石の彫刻柱が何本もそびえ立っていた。ここでも中国人の人力のすごさを感じた。

泰山は完全にフル登山をすると5~6時間かかるそうだが、今回はバスで行けるところまで上がりロープウェイも利用して歩く距離としては最短コースで頂上へ上がった。山頂に一番近い☆☆☆ホテルに到着すると急に空が暗くなり雷が鳴り出して大粒の雹まで降ってきた。間一髪で遭遇を免れた。ホテルに着いてからで本当によかった。

翌朝4時に起きてご来光を拝みに行くことに。ホテルから15分ほど上がるとご来光スポットがある。4時47分日の出予定。4年前黄山でチャレンジしたご来光は霧のため観られずに終わったが今回は最高のお天気だ。あたりが白々と明るくなり一部分が赤く染まり始め美しい太陽が顔を出した。日本でもまだ観たことのない山の上から観るご来光。今この太陽を日本から観ている人もいるんだ。同じ太陽の光を受けてどうして啀み合わなければならないのか?平和を改めて祈りつつ手を合わせた。

朝ご飯をすませ上がってきた時と同じルートで下山してバスで青島へ向かう。目標は青島ビール工場見学だ。途中道路工事のため大渋滞に巻き込まれ一時は見学は無理かと思われたが運転手のがんばりあって閉園前ギリギリ滑り込みセーフ!工場内の説明も程々に試飲にイチモクサンだったことは言うまでもない。やはりどこの国でも工場直できたてビールはうまいなぁ~!その後有名な桟橋へ。青島の町は元ドイツ占領地であったこともあり建物がヨーロッパ調で美しい。高価なマンションもある。しかしその傍ら桟橋の上では貧しそうな子供が物乞いをする。貧富の差が大きい。日本の生活保護のような政策はまだまだなされていないようだ。


青島でのホテルも☆☆☆☆でなかなか素晴らしくぐっすり休めた。そしていよいよ最終日。青島の名所、小魚山公園、天主教教会、八大関景区などを見学。小魚山公園の塔から見下ろす青島の町は海沿いでもありとても美しい。中国とは思えないような風景であった。

帰りは青島空港からJL626にて帰国。


中国国内での移動距離もありあっという間の6日間であったが、お天気もよく非常に楽しい旅であった。行くまでは反日デモのことでかなり心配していたが、危険なことも一度もなく、出逢った中国人はみんないい人ばかりで思い切って出かけて良かったと思う。

北京ダックに始まって、四川料理、山東料理、飲茶、山の山菜、野草料理、青島の海鮮料理、燕京ビール、泰山の地ビール、青島ビール…。旅の楽しみの1つである食事も今回はなかなか良かったと思う。

ところで中国の交通事情はめざましく発展し車も急増している。高層ビルも次々に建てられている。北京はオリンピックの相乗効果も相まってホテル従業員の教育も厳しく進められているようだ。レストランなどでは従業員がみんな異常に若い。そしてすごい人数働いている。工事現場ではツルハシを振りあげ多くの人力で作業が進められている。観光スポットでは必ず物売りが「千円!」「千円!」とまとわりついてくる。ちょっと相手をすると値段を安くするのではなく商品の数を増やすかおまけを付けて売りつける。かなりの執念深さでしつこく迫ってくる。中国人の熱いものを見たような気がする。

日本が中国に追いつかれ追い越されるのも時間の問題のように思えてきた。

「小国日本」大国中国からしたらその通りかもしれない…。


これで中国旅行記はおしまい・・・   (By 管理人(^o^)/ )

中国旅行2日目。一度は行ってみたいと思っていた万里の長城へ行った。天気もよく週末でもあり国内観光客も多く混み合っていた。石畳を一歩一歩上っていく。暑くて汗が流れた。かなり上がったところで景色を見渡すと、本当に長い長い長城が山の尾根にそってまるで龍でも這っているかのように廻らされている。「ほんまにようこんなもんこんなところに作ったなぁ~」中国は土地が広いせいか、なにもかも規模がでかい、でかすぎる。

その夜、老舎茶館にて民俗芸能の京劇を鑑賞。中国でも漫才があるらしく、若い男性二人が盛り上げていた。もちろん、中国語なので私は笑えなかったけれど…。

3日目、7/8付N新聞1面コラムに「1937年の七夕の夜に北京郊外の廬溝橋で演習中の日本軍と中国軍が衝突、全面的な日中戦争に突入した。」という記事があったが、その橋を渡ってきた。800年前にできた橋脚。その上で出逢った中国人が「中国人みんなが日本人を敵と思っている訳ではない。戦争は誰も望んではいない。」と話してくれた。日本人だって同じだ。日本の首相の思いが全て日本人の思いではない。むしろそうでない日本人の方が多いと私は思っている。「抗日戦争記念館」に行くつもりがここも改修工事で閉館中であり残念ながら観ることはできなかったが7/8に再開したらしい。これから毎年七夕の夜には「日中不戦」を願うことになるだろう。

午後は毛沢東記念館で彼の蝋人形のように水晶ケースにおさめられた遺体を拝み、天安門の上から人民広場を見下ろした。広場の大きさに改めて感心する。ここに立って、あの広場にいる人がみんな自分の方を向き自分を見ているとするとどんな気分だろう。

夕方、胡同(プートン)という古い家の建ち並ぶ路地を散策。そこで「小国日本」という意味の言葉を吐き捨てて路地に引っ込む男性がいた。廬溝橋の上で話しかけてきた中国人はそれを知るときっと悲しむだろう。しかし中国の教育で反日感情が根付いている者の方が多いのが現実なのかもしれない。

その夜、寝台夜行列車に乗り込んで泰安へ向かった。


・・・(その3)につづきます。 (By 管理人(^o^)/ )

6月17日~22日の6日間、北京→泰安→青島を巡る中国旅行に行った。

この旅行を計画した頃ちょうど反日デモが最高潮で一時は計画を断念せざるを得ないだろうと思っていたが、とりあえずギリギリまで様子を見て決行することにした。

関空発JL785便はびっくりする程ガラスキであった。この時期の中国旅行を計画していた人たちは早々行き先を変更したり中止にした人が多かったと思われる。北京空港に着くと現地のガイドが出迎えてくれたが第一印象は日本人かと思うほど見た目もしゃべり方も日本人そのものであった。北京は意外に蒸し暑く日本の夏と似たような気候であった。

まず向かったのは故宮。天安門に続いて立ち並ぶ大きな門。映画ラストエンペラーのロケ地となったところだ。建造物の巨大さに唖然とした。2008年の北京オリンピックに向けてあっちもこっちも改築、修復工事が行われていて全てが見られず残念であったが建物の色使いは実に中国らしく、石畳の広さにすごい数の人力が使われたであろうことが見て取れた。出逢う観光客にやはり日本人はほとんど見られない。欧州方面や日本以外のアジア系観光客が多かったように思う。その夜は北京ダック料理を食べに行きそれなりの☆☆☆☆ホテルに泊まる。四年前に上海→黄山ツアーへ行ったのだが上海と北京の違いがあるにせよこの4年間の中国の発展にはものすごいものを感じた。ホテルの水道水はうがいにさえ使えたものではなかったが北京では水道水は殺菌済みで生でも飲めないことはないとガイドが教えてくれた。さすがに生水は飲む気にはなれなかったが…。オリンピックのお陰もあってかホテルの従業員もかなり教育されている。この進化の具合は恐るべしといえよう。


・・・つづきはまたね! (By 管理人(^o^)/ )


*写真をつけようと思ったけど容量がでかすぎて・・・(+_+ ;

幼なじみだった女性のご主人が突然亡くなった。

少し落ち着いた頃に、なぐさめようとお茶に誘った。

会うまではビクビクだった。

彼女がどのくらい傷ついているのか分からないからだ。

小さい頃からしっかりしていたから大丈夫だろうとも思ったが、

はた目で見てても仲の良いご夫婦だっただけに

その片割れを失った傷はいかばかりだろうかと思った。


こちらの心配をよそに、屈託なく笑いながら話している。

ふっきれているのか。無理にそうしているのか。はたまた逆に私への気づかいか・・・


「今でもね。よく主人に話しかけるのよ。

 子供のことでしょ、お父さんお母さんのこと、それから私のこれからのこともね・・・」

クスッと笑って、

「それが傑作なのよ。いったい何に向かって話しかけていると思う?」

何に向かってと言われても、写真か位牌ぐらいしか思い浮かばない。

でも、傑作だと言うのだから違うのだろう。

「さあ・・・」と答えた。

「通帳なのよ。銀行の通帳」

「通帳?」「何でまた?」

なぜ通帳なのか、全然ピンとこなかった。

「あのね。残高がね。ある日突然2ケタ増えているのよ」

「えっ?」「ああ、保険金・・・」

「そう、そうなのよ。主人が亡くなって代わりに今まで見たこともない額のお金が入ってきたでしょう。

 主人が自分の代わりにって置いていってくれたみたいで、

 通帳の数字がね、主人のように思えるのよ。

 だから、通帳に向かって話しかけるのね、きっと。おかしいわよねー」

夜、子供を寝かせた後で、通帳をながめては話しかけるのだと言う。

「お兄ちゃんがサッカーボールを欲しいって言うんだけど、いい?」とか

「このお金で立派に子供達を育てるからね。ちゃんと父親に感謝できる子に育てるからね」とか・・・


そんな彼女の話をただ聞いていた。

ほとんどのろけ話を聞いているようなものだ。

生きている旦那ののろけ話なら聞くだけばかばかしいが、今日は心地よく聞けた。

とにかく、落ち着いているようで良かったと思った。

心の支えはなくしてないんだと思った。

『保険金は家族の心の中に生き続ける』と言われる意味が、何だか分かった気がした。