Plan B -腎がん罹患後の記録- -37ページ目

Plan B -腎がん罹患後の記録-

発覚から手術までの体験とその後の人生再設計を記録していきます。

・退院後20日に相当。ようやく職場復帰。恐らく平均的にはたっぷりと休んだ方なのではと思う。入院期間が思いのほか長引いてしまったことに加え、休養期間中に風邪をこじらせてしまったことが原因だ。

 

・病気に対して理解のある会社という面は確かにあるのだが、自分も上司も「無理をして多少早くに復帰し、早々に体調を崩す方がよっぽど迷惑」という冷静(冷徹)な判断がある。そもそも当社に限らずメンタルを病む人が少なくないこのご時世。相応の疾患で一カ月の離脱というのは、ひょっとしたら短い方なのかもしれない。因みに、休みは全て有給を利用。会社によって制度は異なるが、自分は20日くらいの有給消化ではびくともしないくらいの貯金が積み上がっていた、笑。

 

・復帰初日は挨拶回りとメールチェックでほぼ終わり。一日中机に向かっているだけで腰回りが重い。熱っぽさも残っていたので18時過ぎには退社した。その後の一週間も19時前退社を心がけていたが、徐々に20時前→21時前とハードルは下がって(上がって!?)いる。0時前就寝は死守したいところだが、これもなかなか怪しくなってきた、苦笑。

 

・手術の後遺症のようなものは左下腹部の「膨らみ」程度。仕組みを理解していないが、神経(筋?)を切断したことで腹圧を抑えるものがなくなってしまったような印象(症状?)なので、腹筋強化で改善できないか(!?)これから試していく予定。なお、腹部の痺れた感覚は徐々に落ち着いてきており、半年或いは1年で完全に消えるのではと期待している。

 

・手術痕はまだまだ赤味がかっており、ミミズ腫れのような状態。自分の場合は8cm程度の切開なのでドレーン挿入口と共にそれなりに目立つ。ただ幸いにも真正面からは見えないし、36歳の子連れ中年の腹回りがビーチで注目を集めることはないはずなので、存在自体を忘れてしまうのが一番かもしれない。とはいえ、たまにヒリヒリとしたかゆみやピリッとした痛みで自己主張をしてくるので忘れるに忘れられない関係でもある。傷口自体は押せばまだ痛むが、日常生活的には先ず支障はない。

 

・体重は入院前比▲3kg減を維持。BMIは20。食べる量と飲む量を減らし、週末だけでもなるべく体を動かすようにしているのが奏功。とはいえ、もともと痩せ気味で且つ顔色も良い方ではないので体重はあまり落としたくない。脂肪の代わりに筋肉で体重を増やせないかと夢想している。

 

・実は右腎臓に複数の1cm程度の嚢胞が確認されている。癌化するケースは少ないが、数が増える或いは大きくなるなどすれば切除に至る可能性がある。また父親は大腸がんの手術を受けたばかり。これは一定の確率で遺伝するので心構えは必要。つまり、仮に左腎の癌が転移再発しなくても、これらの要因で再びお腹を開く可能性は決して低くはないと思っている。これは仕方のないことだが、病院ベッドでの苦痛の日々はまだ頭から離れない。次の手術への準備とはしたくないが、日ごろからやっぱり体は鍛えておかないといかんね、と心を入れ替えている。

 

・ということで、仕事・健康状態の面では癌発覚以前とほとんど変わらない。むしろ生活習慣を改めたので良くなっているはず(と信じたい)。癌になって良かったとは露ほども思わないが、大過なくこれから30年間生きることができれば、却ってより充実した人生を送ることができたと思える日がくるかもしれない。

 

<ご挨拶>

・ここまで読んで下さった皆さま、ありがとうございました。今回をもって発覚から現在までの記録は終わりです。まさかブログを始めて1カ月でここまで書けるとは思っておらず、我ながらたいしたものだと勘違いしています、w。

 

・腎臓癌の年間罹患数は約1万人とされています。単純計算で毎日30人弱です。資料によってデータはまちまちでしたが、このうち約半数がいわゆる偶発癌と思われます。その多くは未だ自覚症状のない小径癌とすると、私と同じようなケースは毎日10人くらいで発生していることになるわけです。

 

・このうち何人の方が当ブログをご覧になるかはわかりませんが、参考になったという方が少しでもいらっしゃれば、このブログの存在価値はあるのかなと思っています。

 

・私自身は、告知されてから多くの腎がんの先輩方(!?)のブログをみて救われてきました。その恩返しというわけではありませんが、私の経験が少しでも皆様のお役に立てれば幸甚です。