あれは次女と長男が幼稚園、長女が小5の頃です。
実母が市の健康診断で異常が見つかり、市民病院で検査を受けたところ、胆管に癌が見つかったと連絡がありました。
子どもたちが小さい頃は、授業参観や運動会、音楽発表会などに三重から岐阜まで電車を乗り継いで見に来てくれたり、たまに車で日帰りで出かけたりしていましたが、一番下の子も入園し、ホッとした矢先の出来事でした。
私が10歳の頃、実母が胆石の手術をした際に危篤状態になった事があり、手術で癌を取り除く事を拒否しました。
抗がん剤治療をしながら様子を見る事になりましたが、たぶん数年だと宣告されました。
子どもたちには、ばあちゃんが病気になって岐阜には来られなくなったから、出来るだけ会いに行こうねって伝えました。
抗がん剤治療を始めた母は、体力や気力が少しずつ落ちていきました。
以前は出かける事が大好きだった母が、あまり外出しなくなったと姉たちから聞いて、少しショックだったのを覚えています。
姉たちは実家から30分ほどの場所に住んでいたので、交代で週に何度か様子を見たり、病院に連れて行ったりしてくれていましたが、私は1時間の距離なのに、なかなか行く事が出来ず、もどかしかったです。
体調が良い日は、姉がドライブがてら岐阜まで顔を見せに連れて来てくれたり、私も前より出来るだけ多く実家に顔を出しに行ったりしました。
同じような頃、実父も水頭症の為、足が動かなくなってきていました。
私たちは歳のせいだと思っていましたが、姉がちょっと違うんじゃないかと気づき、病院嫌いの父を説得して精密検査を受け、水頭症と肺癌の可能性がある事を知りました。
肺癌の精密検査はしないと強く拒否したので、そのまま様子を見る事にしました。
そして2015年の春、姉から連絡があり、実母が夏までもたないだろうと言われました。
これまでも何度か癌が胆管に詰まり、黄疸で入院して処置してもらっていましたが、そろそろ限界だと言われたそうです。
春の連休から、私は子どもたちを連れて、毎週土日は実家に泊まりで様子を見に行く事にしました。
長女と次女には死期が迫っている事を伝え、長男には元気がなくてご飯の支度が出来ないからお手伝いに行くよと伝えて連れて行きました。
実家ではなるべく笑顔で楽しく過ごし、平日はあと何回会えるのかなと思いながら涙をこらえていました。
そして夏休みに入り、7月末に母が、母の弱るところを目の当たりにしていたからか肺癌がどんどん進行していた父がお盆明けに亡くなりました。
私もそうですが、子どもたちも精神的に辛い経験をしました。
亡くなってから現在で一年半ほどになりますが、親の死を受け入れてから、元気いっぱいに進んで行くにはもう少し時間がかかりそうです。