今月半ばまではブログ、僕のアニキは神様とお話しができます を運営する兄弟ユニット一途 さんのライヴに行く予定だったのです。しかし、受講しているセミナーで急遽「鹿島神宮に行かなくては!」ということになったのです。発端は他でもない、私でした。私の左肩から腕にかけてどうも何かに反応するセンサーになっているようなのです。それも高次元のものばかりならよいのですが、まだコントロールできない私はやたらに何かを引きつけて激しい痛みに悲鳴を上げるのです。誰にでも優しくしくするのがけっしてよいことではない、そこには厳しさがなくてはならない。ぶれないように剣をバシッと一本入れよう。
メンバーはもう数回言った人もいますが、私を含めてまだの人もいます。年の瀬も迫ってきてはいますが、年明けに行くのはもっと難しくなります。楽しみにしていたライヴのチケットももらってくれる方が現れて、心おきなく参加できるようになりました。
先に香取神宮 です。参道からいくつかワークが降りて、それをこなしながらの歩み。そして、辿り着いた参殿の前には茅の輪が!私は神田明神 、素盞雄神社に続いて三社目。なんと運がよいのでしょう!

香取神宮と鹿島神宮双方に要石があり、そこで関東の地震を封じ込めているのだそうです。要石の周りでもワークを行い、佐原駅でおにぎりを食べて、鹿島神宮に出発です。
鹿島神宮駅から鹿島神宮 までの約10分の道のりだけでも足が重く、すでにワークが課されていることがわかりました。宝物館の2メートル余りの剣の前で剣が入るイメージでワーク。そして、アテルイ の首のレプリカの前。同じ排除された民族としての私の中に流れるDNA(熊祖の血)との対面。香取神宮は蝦夷征伐の前線基地だっところです。長い歳月の間、血は混じり合い、その出自も明確ではなくなった現代。
こちらでも要石のワーク。しかも二回も。いつか書けるようになったら書きます。今はごめんなさい。
数々のワークの後、参道から眺める鹿島の街は夕陽が綺麗でした。

もう来年は目の前です。
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富士宮駅のバスターミナルに降り立ったのが10時半前。それからトコトコと10分ばかり歩いて到着!本日は晴天。晴れ女の本領発揮?鳥居の向こうに雄大な富士山が聳え立っています。奥宮は登山道(富士宮口)から上りつめたところの山頂に 鎮座されているのですが、今回はこの本宮参拝です。(近い将来奥宮に登山参拝できればいいな)。6月の終わりにいくつか 神社詣でを言われた、その中の一つなのです。
日本中に数ある浅間神社の総本社です。主祭神は、浅間大神(あさまのおおかみ)と木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)。大山祇神には娘がふたり。瓊々杵尊(ににぎのみこと)は長命をつかざどる姉の磐長毘売命(いわながひめのみこと)より美い木花之佐久夜毘売命を妻に娶りました。おかげで人間の寿命は有限になったと言われています。
木花之佐久夜毘売命は懐妊の際、貞節を疑われたことから証を立てるため、戸の無い産屋を建て、周りに火を放ち出産。無事3人の皇子を生まれたという故事にちなみ、家庭円満・安産・子安・水徳の神とされ、火難消除・安産・航海・漁業・農業・機織等の守護神として全国的な崇敬を集めています。また、ここは縁結びの神社でもあります。
私の母校の文化祭も「斯花祭(このはなさい)」と呼び、同窓会も「斯花会」と称しています。神道概説が一般教養に組み入れられている学校でした。だからと言うわけではないのですが、浅間神社には思い入れがあります。やっと来ることができたという感慨がありました。お参りすると、なんと表現してよいのか、慈悲や慈しみのような波動が伝わって来て、自然に目が潤んできます。 ここの神さまは慈悲深いお優しい方なのだと感じました。
前日まで祭礼 が行われていた名残か、菊展が催されていました。氏子さんたちが丹精されてこの日を待つのでしょうね。ここに出品されること自体が誉れだと思います。
花たちにしても晴れ舞台です。どの菊も見事です。決して派手ではありませんが、奥ゆかしい凜とした気高い美しさを感じます。
天皇即位20年の奉祝記帳所が設けられていました。私も記帳しました。思えばもう平成の御世になって20年余り。大人になってからの20年ってなんと重くて短いものなのでしょう。この時代に生きて今日この地に参らせていただいているのもなにかの縁なのでしょう。ひとまず、今生きていられることに感謝でしょうか。
この地は霊山である富士山からの湧水が豊富です。参拝前に寄った食堂で出されたお水の美味しかったこと!やはり水って違うんだなあって驚きました。それもそのはず。金町浄水場の水とは比べようもないですね。境内に湧玉池がありました、そこで泳ぐ水鳥をしばし眺めて時を過ごしました。
そうそう、六根清浄を唱えるといえば、神楽坂の師匠 。この夏、六根清浄を唱えながら修験者として富士登山をされたとか。富士山は修験者たちにもまた特別な霊山であるのでしょう。その成り立ち、威厳、歴史、パワー・・・・どれをとっても圧倒されます。畏怖敬虔の念をいくら持っても足りないくらいのスケールの大きさがあります。
やはり浅間神社をその懐に置く富士山は、古来からの日本人の霊山なのだと思います。私のような一個人が参拝しても気づかされるものの多いこと。(よい意味で)挑めば挑むほどその懐の広さ、深さを教えてくれるかもしれません。
私がここへ来るように指示されたのには、パワーを感じるのは必至のこととして、富士山と浅間神社へのそのあたりの気づきを得るためというのも含まれているのかもしれません。まだ、讃岐と白山にも行かなくてはなりません。・・・・・まだまだ道半ばです・・・・。
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